2013年01月07日

【東京新聞の社説】

東京新聞が新春1月4日の社説に「年のはじめに考える 原子力を時代を超えて」というタイトルで安倍首相の原子力問題に対する姿勢に疑問を投げかけています。自民党政権になってから僕も何度もこのブログで訴えていることを東京新聞が社説で問いかけてくれています。これ以上言うことはないし、記録としてこのブログに残しておきたいので、そのまま社説を引用したいと思います。東京新聞さん、引用をお許しください。

『総理、後戻りはいけません。国民の多くは、それを望んでいない。原子力の時代を超えて「持続可能」へ向かう。3・11を真に乗り越えるためにです。
 ドイツの哲学者故マルティン・ハイデッガーは「原子力の時代」に懐疑的でした。一世を風靡(ふうび)した「存在と時間」の著者が、です。
 一九五五年、南ドイツの小さな町での講演で「いったい誰が、どこの国が、こういう原子力時代の歴史的進展にブレーキをかけ、それを制御しうるというのでしょうか。われわれ原子力時代の人間は技術の圧力の前に策もなく、投げ出されているようです」と、核の脅威を語っています。
◆制御しがたい巨大な力
 日米原子力協定が調印され、東京で原子力平和利用博覧会が開幕した年でした。米ソの核競争が激しくなっていたころです。
 哲学者は続けます。
 「われわれの故郷は失われ、生存の基盤はその足もとから崩れ去ってしまったのです」と。
 核兵器と原発。核は制御し難いものであることを、福島原発事故に思い知らされました。理不尽な力に故郷を追われ、多くの人々が避難先の仮住まいで、二度目の新年を迎えることになりました。哲学者が遺(のこ)した言葉は、予言のようにフクシマの心に迫ります。
 原子力の時代は、ヒロシマから始まりました。生存者に「太陽が二つあった」といわしめた計り知れない核分裂のエネルギー。その強大さに、唯一の被爆国さえも、いや、その力に打ちのめされた唯一の被爆国だからこそ、「平和利用」という米国産のうたい文句に魅入られたのかもしれません。
 戦災復興、そして高度経済成長へ。再び急な坂道を駆け上がろうとする時代。時代を動かす強力なエネルギーが必要だった。
◆核のごみがあふれ出す
 原子力の時代はヒロシマで始まって、フクシマで終わったはずではなかったか。水素爆発の衝撃は神話のベールを吹き飛ばし、鉄骨やがれきの山と一緒に横たわる、それまで見ないようにしてきたものが露(あらわ)になったはずだった。
 フクシマは教えています。
 人間はいまだ、自然の猛威にあらがう技術を持ちません。これからも持ちうることはないでしょう。雨風に運ばれ、複雑な地形の隅々にまで入り込んでしまった放射能を集めるすべはありません。
 ひとたび事故が起きたとき、電力会社はおろか、政府にも、広範で多様な損害を満足に償うことはできません。補償は莫大(ばくだい)な額になり、安全のための補強にはきりがない。ほかよりずっと安いといわれた原発の発電コストが、本当は極めて高くつくことも、福島の事故が教えてくれました。
 核のごみ、危険な使用済み核燃料の処分場は決まりません。各原発の貯蔵プールからいまにもあふれ出そうとしている。
 その上、原発の敷地内やその周辺からは、大地震を引き起こす恐れのある活断層が、次々に発見されています。日本列島は地震の巣です。原発を安全に運転できる場所など、あるのでしょうか。
 このような欺瞞(ぎまん)や危険に気付いたからこそ、昨年の夏、前政権が全国十一カ所で開いた意見聴取会では約七割が、討論型世論調査では半数が「二〇三〇年原発ゼロ」を支持しています。
 原発の是非を外側から論ずるだけではありません。人や企業は原発への依存を減らすため、自らの暮らしと社会を変えようとし始めました。
 電力会社があおる電力危機を、私たちは省エネ努力で乗り切りました。節約型の暮らしは定着しつつあり、後戻りすることはないでしょう。太陽光や風力など、自然エネルギーの導入を近隣で競い合う、そんな地域や町内も、もう珍しくはありません。
 原子力の時代を超えて、その進展にブレーキをかけようとしています。
◆地域が自立するために
 3・11以前、都会から遠く離れた原発の立地地域は、安全と地域の存続をはかりにかけて、悩み続けてきたのでしょう。
 交付金や寄付金頼みの財政は、いつまでも続きません。
 今ある港湾施設や原発の送電網などを利用して、新しいエネルギー産業を創設し、雇用を生み出すことができれば、本当の自立につながります。ふるさとを未来へと進める仕組みを築く、今がそのチャンスです。
 原子力の時代の次に来るもの。それは、命や倫理を大切に、豊かな暮らしと社会を築く、「持続可能の時代」であるべきです。
 発足早々、原発の新・増設に含みを持たす安倍政権には何度も呼びかけたい。時代を前へ進めることが、政治家と政府の使命であり、国民の願いでもあると。』(1月4日付東京新聞社説)
  



2011年09月09日

【経産省所管の財団】

日本エネルギー経済研究所が原子力や火力などの発電コストの試算を発表したそうです。

『経済産業省所管の財団法人・日本エネルギー経済研究所は31日、原子力や火力などの発電コストを試算した結果を発表した。

 原子力は1キロ・ワット時あたり7・2円、火力は10・2円となり、原子力のコストが火力より安くなった。

 電力10社と電力卸2社の有価証券報告書をもとに、2006~10年度の5年間平均の実績値を計算した。試算では、燃料再処理費や廃炉費用は、各社が積み立てている額などをベースにしており、「将来、実際にかかる費用とは異なる可能性がある」としている。

 東京電力の福島第一原子力発電所事故による賠償額を10兆円と仮定し、1965~10年度の46年間の発電コストに上乗せすると、1キロ・ワット時あたり1・3円が加わって計8・5円となり、火力との差が縮まる結果になった。』(8月31日付読売新聞)

【初めに結論ありき】

福島の核惨事を経験してもなおこんな初めに結論ありきのような試算結果を堂々と発表する政府系の調査機関の存在。そしてそれを何の検証もコメントもなしに垂れ流す大手マスコミ。本当に寒々としてしまいます。

この試算を発表した日本エネルギー経済研究所の理事長は経産省出身の元官僚です。日本という国は中立を装う研究機関の多くは政府の政策を正当化するために「初めに結論ありき」という試算結果や研究成果がいかに多いことか。こういう機関は潤沢な資金と人材と政府からのサポートで情報を独占し、よっぽど資金力や組織力がなければ市民の反論の余地すら与えないようになっている。

さらに大手マスコミもある意味こういった機関の発表を国民に「広報」することが使命だと思っているのか、真実が何かを伝える「報道」機関の役目などまったく果たしていません。この試算が本当に正しいのか自分で検証してコメントを付けることが出来ないなら、反証できる別の機関のコメントくらい同時に載せるべきでしょう。最近はそんなことさえしないでまさに大本営発表そのものです。報道機関などと言わずにわが社は政府の「広報機関」ですと言ってもらった方がまだわかりやすい。

僕はこんな反証なき試算結果や広報記事は到底信用できません。

【アメリカの凄さ】

その点、アメリカには日本よりはるかに信用できる情報があります。米国エネルギー省のエネルギー情報局(EIA)が2010年に公表した米国の新規発電所のエネルギー源別のコスト比較表があります。EIAは、政治的独立が制度的に保証されている専門機関であり、信頼性、中立性が高いと言われています。(「脱原発。天然ガス発電へ」石井彰著、アスキー新書 p.28-29から引用)

それによれば、米国における発電コストは従来型の石炭火力発電で94.8ドル、従来型のガスコンバインドサイクル発電で66.1ドル、改良型の原子力発電で113.9ドル、太陽光発電で210.7ドルとなっており、原子力発電は最も安い発電方法ではありません。しかもこの試算では原子力発電所の稼働率は90%と仮定しての話です。

米国と日本では単純比較はできませんが、重要なのは米国は政府機関でさえ独立した調査を行い、政府が原発推進であろうとなかろうとこのような試算結果を発表して国民に真実を知る機会を与えているということです。こういう努力がスリーマイルの原発事故をメルトスルーに至る前に回避したりする責任ある危機管理につながっているのだと思います。

政府の御用学者や御用機関まで総動員して真実を覆い隠し政府の原発政策をブルトーザーよろしくごり押ししてきた結果が福島の核惨事だということを政府や大手マスコミはもちろん日本エネルギー経済研究所も国民に懺悔して出直すべきだと思うのは僕だけでしょうか。  



2011年02月22日

【女性キャスターの悲劇】

エジプト民主革命の歓喜の瞬間に米女性キャスターが暴行を受けていたことが米国のメディアでは連日報道されています。

『米CBSニュースは15日、同社の女性記者が、エジプトのムバラク前大統領が11日に辞任した際に反政府デモ隊が集まっていたカイロ中心部を取材中に、暴漢の集団に拘束され性的暴行を受けたと発表した。同記者は米国に戻り病院で治療を受けているという。

 CBSによると、被害を受けたのは国際報道担当のベテラン、ララ・ローガン記者。人気番組「シクスティ・ミニッツ」のため、ムバラク辞任に沸くタハリール広場を取材中だった。約200人の群衆に取り囲まれて他の取材クルーや警備担当者と離れ離れになった後、性的暴行を受け殴られるなどした。女性のグループやエジプト軍兵士約20人に助けられたという。』(2月16日付毎日新聞)


【戦場の女性記者】

日本では最近、戦場カメラマンとして渡辺陽一さんがバラエティ等によく出て戦場取材について少しばかり一般の人も関心が出てきているようですが、戦場からのリポートに女性キャスターが活躍するということはほとんどないのではないでしょうか。それとは対照的に米国では戦場からのリポートをするのは女性キャスターが中心です。今回エジプトのムバラク政権崩壊の歓喜の瞬間に暴行を受けたララ・ローガン記者もその一人です。

今回の事件の背景は、米国社会の女性の地位やその政治性、メディアの考え方など様々な側面があるのですが、戦場取材における日本と米国の女性レポーターの違いはいったいどこから来るのでしょうか?

【日米の女性の地位】

村上龍のメールマガジン「ジャパン・メール・メディア(JMM)」に投稿している米国ニュージャージー州在住の作家・冷泉彰彦氏の「CBS女性記者襲撃事件とアメリカ的フェニミズム」(2月19日付)のレポートにそのあたりの背景が詳しく分析されています。

冷泉氏が先ず挙げているのは、米メディアが視聴率競争のために目立つ女性を戦場に送り込んでいるということです。日本でも視聴率競争はあるわけですが、男女同権が徹底している米国と違い、日本ではまだまだいい意味で言えば女性は守るべきものという文化があり、戦場に女性キャスターを送り込んだらかえって「可哀そうだ」という批判の矢面に立つかもしれません。やはり米国と日本では女性に対する考え方、文化の違いが相当あるということでしょうか。

戦場では女性は弱い立場にあります。過去の戦争においても特に民間人の女性は真っ先に敵に狙われますし、場合によっては戦場のどさくさの中で味方にも狙われる危険性が高いのではないでしょうか。そういう意味で、米国では軍隊に相当の割合で女性が入っており、軍隊内での性暴力が問題になっていることや、市民社会でも女性への性暴力が相当ひどいということを忘れてはいけないと思います。今回のローガン記者の実名報道はかなり異例なことだそうですが、エジプトでのローガン記者の悲劇を公開することで米国社会に内在する女性への性暴力に毅然と対応するという空気がメディアにも国民にもあるのかもしれませんね。それにしてもローガンさんの心身の傷が早く癒えることを祈っています。  



2010年12月01日

【クライマックスで】

最後の最後のシーンでのハプニング、怒るのも仕方ないのかもしれませんね。

 『28日にNHK総合で放送された大河ドラマ「龍馬伝」の最終回で、主人公の坂本龍馬が暗殺されるシーンに愛媛県知事選の当確を伝える速報テロップが流れ、同局に苦情が約1時間で200件あまり相次いだことが29日、分かった。

 NHK広報部によると、テロップが被さった暗殺シーンは午後8時55分ごろ。視聴者からは午後10時までに「表情が見たかったのに、龍馬にテロップがかかってしまった」「楽しみにしていたのに興ざめした」といった苦情のほか、「きれいな映像で録画したいので再放送の予定を知りたい」といった問い合わせもあったという。

 最終回の視聴率は関東、関西地区ともに21・3%だった(ビデオリサーチ調べ)。全48回の平均視聴率は、関東地区が18・7%、関西地区が19・5%だった。』(11月29日付産経新聞)


【解決策は】

NHKにとってはとんだ災難だったと思います。まさか「龍馬伝」の最終回、しかも最も見どころとなる龍馬の暗殺シーンに選挙開票の速報テロップがちょうど流れ、それが視聴者にこれほどの反発を喰らうとは・・・・・・

視聴者の立場に立てば、確かにストーリーにハマりこんでいればいるほど、テロップが流れたりするとイラつくのはよくわかる気がします。「なんでこんな大事な場面で流れんといかんのや」というところでしょうか。

しかし、放送する側としてみれば視聴者に出来るだけ早く知らせなければならない選挙速報をテロップで流すのは、たとえどんな番組が放映されていようとも、少なくとも今までは当たり前のことだったのでしょう。では、どうすればいいか。

デジタル放送の場合には、速報があるときは画面の四隅のどこかに信号を点滅するとかして、データか何かのボタンを押せばそれがあとから出てくるとかいくらでも工夫の余地はあるのではないでしょうか。今までのように画一的に何が何でもテロップで流すという考え方ではなくて、テレビ局は一工夫する必要がありそうですね。
  



2010年09月02日

【本音発言】

乙武さんが本音で「つぶやいた」ことが波紋を広げている。

『スポーツライターとして活躍している乙武洋匡さん。彼は、生まれついての先天性四肢切断という障がいで両腕と両脚がない。しかし、その精神力と意欲的な活動は健常者に負けないほどパワフルなものであり、多くのファンが彼を支持している。

そんな乙武さんが、日本テレビの人気番組『24時間テレビ』に対して否定的なコメントをし、インターネット上で大きな話題となっている。なんと、「24時間テレビ、僕も好きな類(たぐい)の番組ではありません」と発言したのである。この発言にインターネット上で賛同者が続出。『24時間テレビ』に対して不信感を持っている人たちが少なからずいる事が露呈するかたちとなった。

事の顛末(てんまつ)はこうだ。『Twitter』の一般ユーザーが乙武さんに「AKB48が24時間テレビでダウン症の方々とダンスするそうです。僕は、こういうのが大嫌いです。障碍者を利用して視聴率を稼ごうとしてるかんじが許せません。この様なことについてぜひ乙武さんの見解を聞かせていただきたいです。おねがいいたします」と質問をした。それに対して乙武さんが「24時間テレビ、僕も好きな類の番組ではありません」と返答したのである。』(8月28日付ロケットニュース)


【24時間テレビの功罪】

24時間テレビが始まったのは1978年。すでに33年もの長い間続いている長寿番組だ。スタートした当初は「愛は地球を救う」というキャッチフレーズで各地でチャリティーキャンペーン活動を行うという内容で、福祉をテーマにした画期的な番組であった。そして年々その規模は拡大し、今では「日本テレビ系の夏の風物詩」とまで言われ、今年のはるな愛のマラソンゴール場面は35%近い視聴率を獲得するなど話題に事欠かない。

確かにテレビ局のネットワーク力を最大限に発揮して募金を集めるので、その視聴率に比例して募金額も大きくなり、それらの募金は国内外の様々な福祉・環境・災害援助活動に使われており、誰もがその社会貢献的な側面は否定できないだろう。

しかし、今回批判が起きているように出演しているタレントがボランティアではなく、ギャラをもらっているとか、障害者を視聴率競争に利用するのはけしからんとか、いろいろな批判も絶えないのも事実だ。僕も結果としての募金の有効性は別にして生理的に好きではない番組のひとつだ。

社会に必要な偽善があるとすればこの番組はその典型例なのかもしれない。なにもしないよりは、偽善であっても、どんな批判もものともせずやり通す。そういうことも何もかもが狂っている今の日本ではマシな活動かもしれないのだ。

そう思うと、何かやりきれないような気になるのは僕だけだろうか。ただ、少なくともこの番組を批判する人(健常な人)たちは自分の胸に手を当てて、自分はこの番組以上のことを個人としてやれているのか自問してみることも必要だろう。批判はそれからでも遅くない。  



2010年07月20日

【重大な提言】

遅きに失したと言うべきか、地デジ移行時期に関する提言が有識者から発表されました。

『放送分野の有識者らは17日、来年7月に予定されているテレビの地上デジタル放送完全移行を2~3年延期するよう求める提言を発表した。現行計画では「テレビを見られない家庭や事業所が数百万規模で発生する」と指摘、災害時の情報伝達などの点で問題があるとしている。
 提言はジャーナリストの坂本衛氏、清水英夫青山学院大名誉教授、砂川浩慶立教大准教授、原寿雄元共同通信社編集主幹らがまとめた。それによると、低所得者層への地デジ対応受信機の普及や、南関東などの集合住宅でアンテナ改修が遅れており、「あと1年では間に合わない」と主張している。』 (7月18日付時事通信)


【出されていた警告】

地デジ放送への移行のやり方については随分前からいろいろ批判が出ていたのですが、もう10年近く前の電波法改正で政府は移行に間に合わないであろう独居老人や年金生活者などの弱者を切り捨てて2011年7月までの完全移行を決定しました。その当時から無理やり地デジへの移行を進めれば全国で1億2千~3千万台あると言われているテレビの凡そ4千~5千万台が移行に間に合わないと言われていたのにです。

その理由をここで述べると長くなるのですが、要するに当時の郵政省と大蔵省の省庁間の取引のテクニックとして出てきた国民不在の措置だったのです。テレビのように全国に100%近く普及したサービスを、数千万人の利用者が残ったまま、国が一方的に打ち切るというのは、世界にも例がないのです。

【政治的解決?】

自民党時代に進められたこんなお粗末な政策に対して、与野党が逆転して天下を取った民主党は、地デジへの国費投入に、もともと批判的だったので、「地デジ移行は自民党政権のとき、国民に十分説明しないで決めたことだ」といって地デジ移行の延長を求めるのではないかと言われています。また、視聴者から「放送中止は財産権の侵害だ」として集団訴訟が起こされる可能性もある中、あと1年後に迫った地デジの完全移行期限は民主党にとってさらなる頭痛の種になることは間違いないでしょう。僕ら国民はその行末をしっかり監視しておく必要がありそうです。

≪参考≫

・「電波利権-池田信夫著、新潮新書」・・・2007年8月11日の僕のブログ
  




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海や山、自然が好きな九州男児です。あらゆる機会をとらえて、時代の変化をいつも感じていたいと思っています。
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