2011年07月29日

【地方から取り囲め】

不毛の原発論争よりも地方からエネルギー革命が起こることを期待します。

『ソフトバンクと京都市など全国の17政令指定都市は27日、太陽光や風力発電などの普及促進を目指す「指定都市 自然エネルギー協議会」の設立総会を東京都内で開いた。大規模太陽光発電所「メガソーラー」設置のほか、住宅への太陽光発電の設置拡大や節電など都市部ならではの電力対策に取り組む。ソフトバンクはすでに35道府県とも同様の協議会を設立しており、自治体との連携で自然エネルギーの普及や関連ビジネス活性化につなげたい考えだ。

 27日の設立総会には19ある政令市のうち千葉市と新潟市を除く17の政令市長らが参加。京都市の門川大作市長を会長に選出した。門川市長は「大都市の立場から政策提言し、省エネと自然エネルギーを促進していきたい」と述べた。ソフトバンクの孫正義社長は「政令市には(発電所を設置する)広大な土地があるわけではない。都市型のエネルギー供給の解決策を見つけ国に提言していきたい」と指摘。具体的には、住宅の太陽光発電の買い取り制度の拡充や、住民の節電を促す次世代電気メーター「スマートメーター」の設置義務づけなどをあげた。

 同協議会に参加した政令市は、札幌、仙台、さいたま、横浜、川崎、相模原、静岡、浜松、名古屋、京都、大阪、堺、神戸、岡山、広島、北九州、福岡の17市。』(7月27日付毎日新聞)


【破滅型の原発からの脱却】

福島第一原発の核惨事から5ヶ月近く経って、予想以上に福島周辺の核汚染が進む中、一向に事故原因の究明も進まない現実。これほどの大惨事にもかかわらず、今まで推進してきた原発を支える巨大な利権構造と社会システムそのものが国民の安全への不安の高まりを注意深く警戒しながら、今後も原発にとって他国よりはるかにリスクの高い地震大国ニッポンに原発を温存しようと圧力を強めつつあります。

安全に普通に暮らしたいという庶民の願いをあざ笑うかのような原発漬けの社会システムに対抗するには、孫正義さんのような経済界の新しいパワーが今回の地方都市との連携による自然エネルギーの新しい市場創りといった足元からの変革を進めて、人々に希望を与えることが重要だと思います。

もちろん、そのパワーを本物にするためには、希望だけでなく本当に電力需要を満たせて、産業界の不安を払しょくしていけるようなものに育てていくことが必要でしょう。今回の協議会設立がそういう動きにつながっていくことを期待します。

【つなぎのエネルギーも重要】

ただ、自然エネルギーが電力供給の一旦を本当に担えるようになるまでには長い時間が必要です。次の地震や津波といった自然災害、あるいは老朽化や人的ミスによる原発の核災害を一刻も早く回避するためには、今すぐにでも原発の巨大な電力供給力に代わるエネルギーが必要です。(ここが原発の再稼働を急ごうとする原発推進勢力の脱原発派への最大の攻撃ポイントではないでしょうか)

それが出来るのは当面、天然ガスでしょう。すでに少なくとも先進諸国は無尽蔵にあるといわれる天然ガスを使った原発よりもはるかに効率のいいガスタービン火力による電力供給が主役に躍り出ています。もちろんガスタービンは原発のような核災害による破滅的な事故は起こらない。これは安全を望む市民だけでなく、マーケットや投資家にとってもより受け入れやすい選択です。

そして電力会社の発送電独占・地域独占をやめさせ、自由な電力市場を創りだし、新しい雇用を創りだしていくことで、巨大な資金と雇用を提供する電力会社に骨の髄まで支配されてしまいがちな原発立地周辺地域の経済的な不安を取り除くことにつながっていくのではないでしょうか。地域独占の解消や新たな雇用の創出は政治の重要な仕事です。いつまでも危険な原発にしがみつかず、新たなエネルギー体系の構築に政治家は動いてほしいと望むのは僕だけでしょうか。  



2011年07月27日

【相互不信?】

閣内での相互不信がますます募っているようです。

『海江田万里経済産業相は25日の参院予算委員会で、菅直人首相が経産省に対し電力需給に関するすべての情報を開示するよう文書で求めたことについて「持っている情報を隠し立てしたことは一度もない」と批判した。外部からの情報公開請求に担当府省が応じないケースがしばしば問題になるが、首相が特定の府省に情報開示の指示文書を突きつけるのは異例。電力不足が全国的に広がるなかで、所管大臣の海江田氏と首相との相互不信に拍車がかかっている。

 問題の文書は首相が内閣官房の国家戦略室に指示して作成させた。「脱原発」を打ち出した首相は民間企業の自家発電や水力発電による「埋蔵電力」を需給計画に組み込みたい考え。経産省が「自家発電の余剰分は160万キロワット」と報告すると、首相は「そんなに少ないはずがない」と激怒し、詳細なデータを提出するよう求めた。

 「経産省から話を聞く中で明確にならなかった点について、国家戦略室のスタッフがもう少し具体的に示してもらいたいとの趣旨で出した」

 首相は25日の参院予算委で、情報開示を求めた経緯を説明したが、背景に官民挙げて原発を推進してきた経産省への不信感があるのは明らか。同省内からは「どうすれば信じてくれるのか分からない」との不満も漏れる。

 海江田氏は答弁で「(指示を)文書でいただいたが、これまでと同じようにしっかりと(情報を)出すつもりだ」と情報隠しを強く否定。加藤修一氏(公明)が「隠し玉、埋蔵電力はないのか」とただすと、「そういう言葉を使う人の中には、何か隠しているんじゃないかという思いがあって使う人がいる」と述べ、経産省の報告を信用しない首相の姿勢を暗に批判した。

 海江田氏は九州電力玄海原発の再稼働を首相に止められ、「いずれ責任を取る」と辞任の可能性も示唆。首相はその後も政府内調整なしの「脱原発」会見など海江田氏の面目をつぶすような振る舞いを続けており、野党は「閣内の意思疎通が全くとれていない」と政権批判を一層強めている。』(7月25日付毎日新聞)

【敵はどこか?】

僕ら一般人は新聞やテレビからしか政治の動きは判断する術を持ちませんが、原発問題を巡る菅首相と海江田経産相のやり取りの真意がどこにあるのかさっぱりわかりません。

原発推進をひたすらやってきた経産省の立場は明確です。過去何十年にもわたって、たとえ住民が死のうとどうしようと、自分たちの政策の失敗を認めないためにも、原発に関する都合の悪いデータや事実はひたすら隠し通してきたし、反対する人間たちには執拗な攻撃をしてきたわけです。そんな経産省は他の省庁も巻き込んで、あらゆる権力を総動員して、福島第一原発の核惨事をものともせず、原発の生き残りを図ろうとしているのです。その手口たるや有能な経産官僚を追いだすことさえいとわないのですから凄まじいものです。

そこに一国のリーダーである菅首相だけが経産省を敵視して脱原発を進めようとしていることに徹底して抗戦している。今の状況はただそれだけだと思います。海江田経産相はその官僚組織に操られているだけにすぎないのだと思います。

しかしながら、何故民主党政府は、そして菅首相は同じ民主党の政治家同士の海江田氏といがみ合うのか僕にはわからない。経産省という権力の横暴を抑えることを目的とするならば、政治家同士で、そして立法府の長として海江田氏とも徹底的に議論して協調していかないのか。個人的な恨みなど国家百年の計からすればどうでもいいことです。

菅首相が完全に孤立していて、国民が経産省をバックアップしているのでしょうか。菅首相の孤立はわかりますが、原発を巡る経産省の隠ぺい体質や権力の横暴、福島原発の核惨事に対する無責任などについて国民が経産省を支持しているとは到底思えないのは僕だけでしょうか。いや、一般国民はそうかもしれませんが、電力会社など旧態依然の産業界が経産省を支持しているからかもしれません。こと原発の問題に関しては、どんな技術力を持ってしても地震大国日本においてはいづれ再び福島以上の核惨事を招くことは必定です。それほど安全上のリスクが高い上に、経産省をはじめとする原子力ムラの無責任な推進体制がそのリスクをさらに高めているのです。

そして先のことを論ずる前に、すでに起こってしまった福島第一原発の核惨事による放射能汚染は確実に福島周辺の住民の方々の命を脅かし、その未来をすべて奪い去ってしまっていることを忘れてはいけません。僕たち一般市民はほんとうの敵がどこにいるのか常に監視の目を光らせていなければ命の保証はない国に生きているのです。

海江田氏と菅首相の確執を見ていると、そんな思いがよぎりました。  



2011年07月26日

【見事な勝ち越し】

あっぱれです。

『細身の体で十両の土俵を沸かせているチェコ出身の隆の山が勝ち越した。初土俵から58場所目で迎えた新十両場所で給金を直したが「まだ場所は終わっていない」と表情は緩めない。
 この日の武州山戦は土俵際での逆転勝ち。しぶとさが魅力だが、「きょうも相手を持っていくことができなかった」。187センチ、107キロの体格は気にせず、正攻法を目指している。』(7月21日付時事通信)


【唯一の外国人力士】

今場所では16年ぶりに大関以上に日本人力士がいなくなったそうですが、日本人力士の育成にこだわりがある部屋はどこかご存知ですか?それは僕が九州場所での事務局を仰せつかっている鳴戸部屋です。鳴戸部屋には「おしん横綱」として有名だった鳴戸親方のもとで稀勢の里、若の里、高安の3人の関取を含め15人の日本人力士が頑張っています。

そこに唯一の外国人力士として頑張っているのがチェコ出身の隆の山なのです。

実は鳴戸親方は、外国人力士ばかりが跋扈する今の日本の相撲界に厳しい目を向けていて、自分の部屋も敢えて外国人力士を増やさず日本人力士で固めているのです。ハングリー精神旺盛で意欲満々で実力もある外国人力士を入れれば部屋は安泰なのですが、そこは鳴戸親方、今の日本の相撲界よりも将来の相撲界のことを考えて日本人力士の育成に力を入れているのです。

その中にあってひとり頑張る隆の山。2000年に鳴戸部屋に入門してから今まで11年間「おしん親方」を見習って故郷のチェコにも帰らず頑張り通してきた甲斐があってついに今場所から幕内の十両力士として土俵に上がったのです。日本人力士ばかりの鳴戸部屋の中で肩身の狭い思いもしたかもしれませんが、親方の期待通りの成果を着々と挙げてきたのは本当に立派です。

九州場所では毎朝ぶつかり稽古している隆の山の頑張りを見てきましたが、ほんとうにガンバリ屋であり、技もある彼のさらなる精進を期待したいと思います。  



2011年07月25日

【おかえりなさい】

勘三郎さんが舞台に戻ってきたそうです。

『体調不良で昨年12月に活動休止した歌舞伎俳優、中村勘三郎さん(56)が23日、復帰後初の公演を長野県松本市のまつもと市民芸術館で開いた。

 報道陣に非公開だったが、同館によると、約1時間の狂言舞踊「身替座禅」を元気に舞い、カーテンコールで再登場すると「今日はありがとうございました。まだ完璧ではないですが、徐々に……」と言葉に詰まり、涙を見せた。満員の観客約1450人から拍手や声援が送られたという。長男の勘太郎さんも別の演目で出演。24日も同館で公演する。

 中村さんは耳の難病のため今年2月末まで入院。6月に東京都で開かれた勘太郎さん出演の「コクーン歌舞伎」の舞台に急きょ登場したが、公演は松本市が初めてだった。』(7月23日付毎日新聞)

【涙の復帰】

思えば今年2月からの公演降板の後、すでに予約をしていた3月の博多座公演に勘三郎のいない舞台を観劇に行きましたが、その際長男・勘太郎が父親に代わって立派に立ちまわっていたのが印象的でした。あれからすでに5カ月。本当に復帰できてよかったです。

6月にも博多座の歌舞伎公演に行きましたが、このときの昼の公演では「身替座禅」を尾上菊五郎さんが演じていました。東京の歌舞伎座で勘三郎の身替座禅を見たのはもう15年近く前だったでしょうか。やっぱり勘三郎の身替座禅は絶妙です。その身替座禅で復帰されたというのを聞いて本当に良かったと思いました。

僕と同じ年の勘三郎さんがこれからも病気を克服して、舞台に立ち続けてくれることを祈ります。そして元気な姿で再び博多座にお出でいただいて、博多座でもあの絶妙な身替座禅を演じてほしいと切に祈ります。  



2011年07月22日

【「同期」しなくていい?】

iPhoneとiTunesを同期しなくてもよくなるって本当?


『米国時間の6月6日、Apple(米アップル社)が開催するWWDCで発表された「iCloud」。これは、iPhone、iPad、iPod touchなどの次期OS「iOS5」に搭載される新機能だ。

 簡単に解説すると、iOS搭載のモバイル端末内のデータを、自動的にインターネット上の専用スペースへアップロードしてくれるもの。そして、複数モバイル端末でそのデータを共有することが可能となる。

 現状では、iPhone、iPad、iPod touchを使う場合、データの同期やバックアップはパソコンにインストールしたiTunesというソフトを使用する必要がある。しかし、iCloudのサービスが始まると、このiTunesを使わなくても、自動的にデータの同期・バックアップを行なえるようになるのだ。

 もちろん、MacintoshやWindowsが搭載されたパソコンからも、iCloudは利用可能。同期されるデータは、音楽、アプリ、写真などだけでなく、メール、連絡先、カレンダーなども含まれる。

 つまり、ユーザーは何もしなくても、あらゆるデータをどの端末からも使えるようになるということなのだ。

 iCloudによって提供されるオンラインストレージは5GB。一見少ないように見えるが、音楽と写真に関してはこの5GBには含まれず、別の保存領域が与えられる。作成したファイル、アプリ、連絡先、カレンダー、メールなどのデータが対象となるため、5GBでも十分と言えるだろう。

 これらの機能は、すべて無料。iOS5は秋に登場予定だが、現在はiOS4.3.3でiTunes Storeから購入したアプリの履歴を参照でき、再ダウンロードができるようになっている。

 iOS5はいくつか新しい機能を搭載しているが、このiCloudが最大の目玉であることは間違いない。もう、パソコンとデータを同期するなんて野暮なことはしなくていい。Appleはそういう世界を創り上げようとしているのだ。』(7月14 日付ダイヤモンド・オンライン)


【よりユーザー・フレンドリーな機能へ】

アップルの繰り出す製品はここ10年余りの間に次々とユーザーに新しい体験や機能を提供し続けてきました。最も衝撃的だったのはiPodの登場であったのは衆目の一致するところではないでしょうか。iPodは単にコンピューターやインターネットの世界にとどまらず、音楽のあり方にまで世界的な影響を与えました。その後、iTouchやiPhoneの登場で携帯電話、スマートフォンに進化を遂げてさらなる「興奮」と「便利」をユーザーに届けているのがスティーブ・ジョッブス率いるアップルなのです。

そのアップルが新製品が発表する前はさまざまな憶測が期待感とともに飛び交い、ユーザーの期待感がいかに大きいかがわかります。そして今回の話題は
iCloud。記事にあるように、これを使えばiPodやiPhoneのユーザーはコンピューター上にインストールしたiTunesを通さなくても、あらゆるデータをどの端末からも使えるようになるということらしいのです。おそらく現在あるDropboxといったアプリに近いのかなと想像できるのですが、iPhoneユーザーである僕にとってもこれは待ち遠しいですね。いつまでも、どこまでもユーザーにフレンドリーな機能を追及しつづけるアップルそしてスティーブ・ジョッブス。またひとつ楽しみが増えそうです。  



2011年07月21日

【あっぱれ】

魁皇がやってくれました。

『大相撲の大関魁皇(38)=本名・古賀博之、友綱部屋=が13日、名古屋場所4日目に西二枚目の豊ノ島(28)を突き落としで下し、元横綱千代の富士と並ぶ歴代最多の通算1045勝を達成した。

 立ち合いで豊ノ島の当たりを受け止めると、左から突き落とし。勝利の瞬間に土俵上で一瞬笑顔をのぞかせた。

 魁皇は福岡県直方市出身。昭和63年春場所で初土俵、同期には元横綱曙、元横綱3代目若乃花、元横綱貴乃花(現貴乃花親方)らがいる。平成4年初場所で新十両、5年夏場所で新入幕。12年夏場所で初優勝を果たし、同年名古屋場所後に大関に昇進した。左四つに組んでの豪快な投げ、力強い寄りを武器に優勝5回を誇る。

 魁皇が持つ主な記録に幕内勝利数1位(877勝)、幕内在位1位(106場所)。22年3月には長年の功績を称え、政府から内閣総理大臣顕彰を受けている。』(7月13日付サンケイスポーツ)


【満身創痍の中で】

魁皇関の取り組みを見ているとまさに「満身創痍」という言葉がぴったりとはまります。全身に故障を抱えて歩くのがやっとといった風情で土俵に上がる魁皇関は、本人自身も先場所の名古屋で「歩くのもやっとだよ。右腕もここまでしか上がらないし」と語っていました。

その言葉通り、腰や脚、腕などあらゆるところに慢性的な痛みを抱えて全身に故障歴が刻まれているというのに、それを今まで執念で克服してきたことが毎回の取り組みからひしひしと窺われるのです。

1988年の春場所の土俵以来、19度の休場もありましたが、どうにかこうにか身体をだましだましここまで現役を続けてきて、ただそれだけではなく歴代最多の通算1045勝を達成したというのは本当に偉業と言えると思います。八百長疑惑などで直ぐに消えて行く力士たちは論外ですが、これからも華々しくはなくとも世界に1人だけの力士という気概を後輩たちに示し続けていってほしいと思います。おめでとう、魁皇関。  



2011年07月20日

【信金の勇気ある姿勢】

こんな立派な経営者が金融界にもいるのだと7月5日のテレビ朝日の報道ステーションに出た城南信金理事長 吉原毅氏の考え方と実行力に感銘を受けました。なんと3/11の福島第一原発の事故後1ヶ月も経たないうちに信金として「脱原発宣言」をして、しかも自身の経営に生かしているのです。4カ月目にしてやっと脱原発宣言を出した菅首相とは大違いです。

こういう明確な哲学をいろいろな商売上の利害関係などに惑わされずにしっかりと表明できる経営者がはたして今の日本にどれだけいるでしょうか?腐れ切った東京電力の経営陣に吉原理事長の爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいです。

いろいろ言うよりも吉原理事長に関するビデオ映像を見て、記事を読んでみてください。

※吉原理事長の「脱原発宣言」YouTube ビデオ映像

『「原発に頼らない安心できる社会へ」――。信用金庫の勇気ある意志表示が大きな反響を呼んでいる。品川区内に本店を構え、都内と神奈川県内に85店舗を展開する城南信用金庫は4月1日、東日本大震災にともなう東京電力福島第一原発事故を受けて「原子力への依存は地域社会にとっても危険が大きすぎる」として「脱原発宣言」を行った。15日現在、金融庁によれば「このような例は金融機関全体を見渡しても聞いたことがない」という。

■「原発と地域の発展は相容れない」

城南信用金庫では1日以降、ホームページに「原発に頼らない安心できる社会へ」と題した文書を掲載。その中で「東京電力福島原発事故は我が国の未来に重大な影響を与えている。今回の事故で、原子力は私たちに明るい未来を与えてくれるものではなく、一歩間違えば取り返しのつかない危険性を持ち、政府も企業も万全の体制を取らなかった」と明記し、こう訴える。

「原子力への依存はあまりにも危険性が大き過ぎる。地域金融機関として今できることは、省電力、省エネルギー、そして代替エネルギーの開発と利用に少しでも貢献することではないか」

同金庫の吉原毅理事長は、動画ニュースサイト「アワープラネット・ティービー」のインタビューで「信用金庫は地域の顧客を守り、地域を発展させるのが使命。ところが今回の事故では住民が退避するなかで、金融機関も地域を離れなければならない。その気持ちは痛いほど分かる」と心境を語る。

その上で決断に至った理由について「これまで安心して電力供給を受けていたが、福島の人々に迷惑をかけることになった。これまで原子力発電に関心を持たなかったことは非常に問題。一人の人間、企業として真剣に考えて態度をはっきり決めないと日本は大変なことになる」と語り、原発と地域の発展は相容れないとの考えを示した。

■都内避難者から感謝の電話も

吉原理事長は「原発への電力依存度は約3割。ならば3割節電すればその依存を減らすことができる」として「企業として原子力に頼るわけにはいかない。地道にできることを取り組むことで社会をより良くしたい」と訴える。同金庫では脱原発の取り組みとして徹底した節電および省電力設備の導入、LED照明への切り替えなど11項目の施策を発表。また、地域での省エネ設備の普及についても、金融を通じて積極支援するとしている。』(4月15日付オルタナ )
  



2011年07月19日

【首相の脱原発宣言】

いろいろと批判の声はあるが、それなりに画期的な発言だと思う。

『菅首相は13日午後6時から、首相官邸で記者会見し、今後の日本の原子力政策について、「原発に依存しない社会を目指すべきだ。計画的、段階的に原発依存度を下げ、将来は原発がなくてもきちんとやっていける社会を実現していく。これが我が国が目指す方向だ」と述べた。

 首相はエネルギー政策を争点にした解散総選挙の可能性について、「ただ私がこの問題で解散をするとかしないとかそういうことを一切考えていない」と否定した。その一方、首相は「エネルギー政策は、社会のあり方そのものを決める極めて大きな政策なので、国民が最終的にはどういうエネルギーを、どういう社会のありかたを選ぶか、当然国民が選択すべき大きな政策課題、政治課題だと考えている」とも述べた。

 また、東京電力福島第一原子力発電所事故の収束に向けた工程表のステップ1が17日に期限を迎えることについて、首相は「ほぼ予定通りの日程できている」との認識を示した。』 (7月13日付読売新聞)


【命を賭けて戦え】

菅首相の脱原発依存宣言を聞いていて、ようやく日本にもかすかながら希望が見えてきたと感慨深いものがありました。なぜか?

それは、たとえレーム・ダックとなったと言われる菅政権ですが、それでも首相が脱原発について明言するというのは相当重いものがあるからです。菅首相だけがそう思っているならば、それは将来の実現性の薄い「絵に描いた餅」かもしれません。それどころか、今世論の大勢は福島第一原発という未曾有の核惨事を経験し、「脱原発」を望んています。そう、政治の方が後追いなのです。これは大きい。

反対している人たちは、経団連や電事連、原子力をひたすら推進してきたのに何の責任も口にしない自民党の政治家、そして今になっても福島第一原発の核惨事の責任をまったく取ろうとしない経産省や御用学者の多くではないでしょうか。しかし、彼らは放射能汚染で苦しむ福島やその周辺の方々から責任を追及されればグウの音も出ないでしょう。

世論がバックし、死ぬ気で首相が原発を取り巻く利権まみれのシステムを変えるべく舵を切る決意をすれば必ず原発のない社会は実現できる、それが日本が民主主義を取り戻す道だと思います。

ただし、その前提になるのはこれからの議論の土台とするための徹底した情報開示です。経産省や電力会社が自らの保身のために秘匿している原発関連の情報をすべてテーブルの上に出して原発の是非ではなく、原発の安楽死と新しいエネルギー政策による未来の社会のありようを賛成派・反対派がまともに議論が出来るようにすることです。それが出来なければたとえ首相がどんなきれいごとを並べても本当の脱原発で実現できないし、迫りくる次の地震や津波、あるいは人為的な原因による原発の大惨事が日本を襲うことになるでしょう。

  



2011年07月15日

【追い山でフィナーレ】

今年も恒例の追い山が7月15日4時59分に櫛田神社からスタートしました。残念ながら今回は見学に行けなかったので、12日の追い山ならしに外国人留学生を連れて見に行きました。全員で10名。インドネシア、中国、アメリカから来た留学生たちと一緒に炎天下の博多の町を山とともに走り抜けました。

なかでも留学生たちが大喜びだったのは山の前に走る子供たち。炎天下の中でも元気いっぱいの子供たちの歓声は「ニッポンって素晴らしい」と留学生たちを印象付けるのに十分すぎるほど爽やかなものでした。

旧東町筋では、「水かけて!」という大勢の子供たちに沿道の大人たちが「勢い水」をかけてあげていました。そのたびに「ワー、キャー」「気持ちいい~」という歓声がこだまします。

この子供たちの底抜けの笑顔には本当に救われます。東日本大震災、そして福島第一原発で被災した多くの子供たちにもこの笑顔を取り戻してあげたい、そう心から思いました。

【明日の希望は子供たちから】

巷では連日東日本大震災後4カ月を経ても未だに復興が進まず打ちひしがれる被災地の様子や、収束するどころかますます拡大している福島第一原発の核惨事による放射能汚染などがテレビで放送されています。

博多の町では、山笠期間中は特にそんな悲惨な東北の状況を忘れるくらいいつも通りの祭りの風景がありました。でも目を博多の地以外に転じれば、昨年とはまったく違った光景や人々の表情があります。それはあまりにも悲惨で、あまりにも希望が見えないニッポンの姿です。

そんな中でも少しずつでありますが、東北の各地に子供たちの笑顔が戻ってきたというニュースも混じるようになりました。先日は北九州の国際交流をしているNPO団体・ロシナンテスが東北の被災地で運動会を開催し、スーダンから連れてきた子供たちと被災地の子供たちの交流を実施したとの報道がありました。そこには笑顔を取り戻した子供たちの姿がありました。

なにか博多が被災地に向けて出来ることがあるとしたら、この子供たちの笑顔を届けること、子供たちを博多から元気にすることではないかと山笠のお祭りを見ながら考えさせられました。

≪参考≫

・「炎熱の追い山ならし見学記」・・・2011年7月12日の僕の旅行記
  



2011年07月14日

【本番前の最終練習】

「追い山」を明日に控えた最後の練習-それが「流れ舁き」です。明日と言っても15日の午前4時59分が一番山のスタートですから、もうすぐです。僕は子供の頃に東流れの後についていってただけなので舁き手としての盛り上がりを実体験したわけではありませんが、でも相当血液中のアドレナリンがたぎっているだろうなあとは想像できます。明日、本番だ。よ~し。

【なんで4時59分?】

その「追い山」のスタート時間がなぜ4時59分という半端な時間なのかご存知ですか?それは一番に走る一番山笠だけ櫛田神社の清道内で「博多祝い唄」を歌うことが許されているからなのです。

各山笠は5分ごとに出発する約束があり、午前5時に舁き出すと、一番山笠だけ「唄」の分、短くなるので舁き出しを1分早めてあわてることがないように配慮してあるということです(博多祇園山笠振興会のパンフレットより)。
櫛田神社の桟敷席はあっという間に売り切れるので、櫛田神社の桟敷席で一番山の雄姿を見るのはあきらめています。また、櫛田神社の前で櫛田入りする山を見ようと思って朝一番に行っても、多分観光客が溢れてて見れないでしょう。東長寺の清道か東町筋の聖福寺前に陣取ろうかと考えています。

【「博多祝い唄」って?】

ところでその一番山笠が清道をくるりと回り、途中でストップして歌うのが「博多祝い唄」です。博多っ子なら知らんかったらもぐりと言われます。披露宴や宴会などのおめでたい席ではもちろん色々な集まりの最後に締めとして皆で歌いますが、これを歌うと「ああ、博多におれてよかった!」と胸にジーンと来るのです。元唄は、伊勢音頭と言われ、お伊勢参りに出かけた人たちが、そこで歌われる唄を覚えて、故郷に持ち帰ったそうです。

  祝いめでたの若松さま~よ、若松さま~よ、
  枝も栄ゆりゃ 葉も繁る(しゅげる)
  ※エーイーショウエー エーイーショウエー
  ショーエ ショーエ (ア)ションガネ
  アレワイサソ エーサーソー エー ションガネ※


  (※はやし言葉繰り返し)
  
というのがその歌詞です。博多に来られて少し滞在し、宴会の席に呼ばれるときっと一度は聞くことになると思います。明日の追い山の一番山笠でも歌いますのでよく確かめてみてください。  



2011年07月13日

【「集団山見せ」ってなに?】

山笠は商人の町博多のお祭りです。

なに?新幹線で降りたらJR博多駅。でも都市名は福岡市。一体どうなっているの?

そう、明治時代に福岡にするか博多にするか迷ったそうですが、最終的に政令指定都市としての公の都市名は福岡市となりました。というのは、昔は、那珂川を挟んで、東が商人の町博多、西側が武士の町、黒田52万石の城下町、福岡だったのです。
その福岡と博多の違いを踏まえて「集団山見せ」とは何かご紹介します。

「集団山見せ」とは、昭和37年に福岡市が「より多くの人たちに山笠の楽しさを」と要請して始まった行事で、博多の祭りの山笠を福岡の人達にも見せる為、たった1度、山笠が那珂川を越えて福岡に入ることを言います。

【博多と福岡の違い】

僕は博多の生まれなので、博多っ子であることに誇りを持っています。生まれは自分では選択できないので、たまたま自分は博多っ子になった、ただそれだけなのですが、特に山笠の時期になるとなんとなく博多の血が騒ぐのです。

僕の通った高校は長谷川法世さんの漫画「博多っ子純情」のモデルになっている学校ですが、そこは商人の子供が多く呉服町の呉服商の息子や博多人形師の息子などがいました。そして山笠の時期になると、学校も心得ていて山笠に出るといえば何と学校を休むこともできたのです!

そういうわけで博多は商人の魂が生きている、それは庶民の町でもあります。さらに言えば反骨精神、官に物申す心意気、自由で奔放な気風など庶民のイメージぴったりです。それに比べて福岡は武士の町でもあり、何か型にはまった、時にはいばったような、「お上」のイメージが付きまといます。

【集団山見せ再考】

「集団山見せ」も行事としてはいいことだとは思いますが、どうもよく考えると「お上」である福岡の市役所に博多の商人が年に一度ご挨拶にお伺いするような、博多っ子からすると「なしてお上に挨拶せないかんとや」とも言いたくなります。

まあ、いいか。そこはおおらかに「お上」の要請に応えて挨拶にいっちゃろうというところですか。寛大でしょ、博多っ子は。  



2011年07月12日

【追い山に向けた足慣らし】

本日、7月12日にはいよいよ15日の追い山に向けた本番さながらの足慣らしである「追い山ならし」があります。

「追い山ならし」は12日の午後3時59分に、一番山の「櫛田入り」で始まります。今年の一番山は西流です。昼間ではありますが、走る距離が1キロ短い以外は「追い山笠」と同じ条件ですので、祭り気分はグーンと盛り上がります。

【テンション高まる舁き手たち】

僕は実際には山笠を舁いた(担いだ)ことはありませんが、経験のある友人に尋ねるとこの追い山ならしのころから舁き手たちのテンションは15日の追い山に向けてどんどん高まっていくようです。
もちろんこの期間も含めて山笠期間中は女性からも遠ざかってひたすら自分たちの流れの山が無事に、最も勇壮に走れるように猛々しいエネルギーのすべてを山笠ひとつに注いでいくのです。

【早朝の追い山が見れない人は「追い山ならし」見学がオススメ】

その舁き手たちの勇壮な姿を見る観客の方ですが、実際の追い山は15日の早朝4時59分がスタートなので朝が弱いけれど追い山の雰囲気を味わいたいという方はこの「追い山ならし」が狙い目です。

ただし、はやり本当の迫力を味わうためには本番の15日に行くしかありません。今年は15日は金曜日で大方の人は出勤前の追い山見物ということになりますが、一度見る価値は十分あります。みんな一度見に行きませんか?(今年は15日の追い山ではなく、追い山ならしに外国人留学生を連れて行く予定にしています)
  



2011年07月10日

【徹底討論 どうする原発】

7月9日の土曜日午後9時からNHKスペシャル「徹底討論 どうする原発」がありました。ここ数日玄海原発の再稼働を巡る政府の混乱や九電のやらせメール問題が報道される中、時宜を得た番組だったと思います。そしてそれなりに議論は白熱しました。

そこに出演していたのは、次のような方々でした。

≪脱原発の立場≫

・後藤政志氏  元原子力プラント設計技術者・芝浦工大非常勤講師

・飯田哲也氏  環境エネルギー研究所所長

・吉永みち子氏 ノンフィクション作家



≪原発擁護の立場≫

・奈良林 直氏 原子力安全専門委員・北海道大学教授 元東芝勤務

・澤 昭裕氏   21世紀政策研究所主幹 元資源エネルギー庁官僚



【市民と体制の問題】

短いブログ記事の中で討論そのものに踏み込むことは出来ませんが、脱原発の立場の3氏と原発擁護の立場の2氏の話を聞いていて感じたことをいつくか挙げておきたいと思います。

奈良林氏の話は3/11以前から「体制」側というか政府や電力会社などの原子力擁護派の説明とほとんど変わらないものでした。中でも日本をジェット機に見立てて、原発というエンジンがなくなったら失速して墜落するという例えを持ちだして日本経済には原発は必要だという論理を展開したのには驚きを通り越して呆れました。原子力安全委員という立場にありながら原発推進の話をするのですから、原発の安全など語る資格もありません。当然、福島の住民の方々の今の痛みも、福島原発事故に対する安全委員としての責任も何ら感じていないでしょう。

澤氏の話は、慎重かつ冷静な物言いで従来から政府や電力会社が主張するエネルギーベストミックス論を説明、原発は出来ればやめたいがエネルギー資源の乏しい日本は一定の割合で原発の維持が必要だと訴えていました。これも従来から推進側が言ってきたことです。官僚出身ですからこのあたりの言い回しや論理展開は巧妙ですが、澤氏も奈良林氏同様、原発を推進してきた側として3/11の福島原発事故に対する反省など微塵も感じられませんでした。

それに反して、後藤氏、飯田氏は市民の側に立って今回の福島原発事故の教訓を踏まえて、脱原発を図るべきという主張をしていました。特に後藤氏が奈良林氏の日本ジェット機論などに対して、いったん原発が事故を起こしたら膨大なコストを伴うだけでなく、住民が土地も家も家族もすべてを失ってしまうというリスクをどう考えるのかと色をなして反論していたのは当然だと思いました。

・これらの議論を聞いていて思ったのは、議論している人たちが市民の側に立っているか、体制の側の立っているのかということの重要性です。いったん事故が起これば経済的な損失だけでなく、市民の受ける健康的・精神的・経済的苦悩は計り知れないものがある原発。福島第一原発の核惨事を経験した今、従来の「体制側」の論理はほとんどすべて破たんしています。それにもかかわらず従来の主張を繰り返す奈良林氏、澤氏。この2人からは市民からの目線は結局最後まで見られませんでした。そしてこの2人の原発擁護派と3人の脱原発を支持する市民派の決定的な違いは、それぞれの主張の先に希望が見えるかどうかだと思います。残念ながら奈良林氏と澤氏の話からは体制存続の論理は見えても子供たちの未来を守るという姿勢や未来につながる希望は見えませんでした。

・今回の福島原発の核惨事によって、国が進めてきた原発を中心にしたエネルギー政策は完全に破たんしました。後は破たん処理を再処理まで含めてどうするかということが求められています。原発をいかに延命させるかといった主張はどんなにオブラートに包んでも市民の理解は得られないでしょう。そして原発問題は、日本に本当の民主主義が存在できるかどうかも突きつけています。

民主主義が問われていると言うのは決して大げさな表現ではありません。今僕たち普通の市民がここまで日本を窮地に追い込んだ体制側の専門家や官僚や政治家に心底怒りをぶつけて彼らの怠慢や傲慢を正さなければ日本に希望はないと思います。

しかし、最後にひとつだけ希望が見えてきたことがあります。それは今回の討論に参加した論客が、今までは直接対話することもなかったけれどもこれからはお互いに開かれた議論を積み上げて行こうと語っていたことです。その開かれた議論を可能にするために政府や電力会社はすべてのデータを公開してもらいたいと思います。
  



2011年07月09日

今日から一週間は僕のブログは山笠一色になります。山笠以外の話題は一週間お休みをいただきますのでご了承ください。そして「じゃ見るまいか」とおっしゃらずに博多山笠をよく知る週間と考えてお付き合いください。

【博多の夏-博多祇園山笠】

いよいよ夏本番! 博多の男たちの血をたぎらせる博多祇園山笠のカウントダウンが近づいてきました。7月に入ってからの山笠の日程はというと、1日の飾り山公開に始まって、15日の追い山で幕を閉じます。

7月1日(金)  飾り山一般公開(14日夜まで) 夕方 お汐井取り(当番町)

※「雨の中の追い山見学―2010年博多祇園山笠」


7月9日(土)  夕方 お汐井取り(全流)

7月10日(日)  夕方 流舁き・流区域内

7月11日(月)  早朝 朝山・流区域内 午後 他流舁き・流区域外

7月12日(火)  追い山ならし(追い山リハーサル) 15時59分 舁きだし

7月13日(水)  集団山見せ 15時30分 (呉服町→明治通り→市役所)

7月14日(木)  夕方 流舁き・流区域内

7月15日(金)  追い山笠 4時59分 舁きだし

※「凛々しい祭りー追い山」(2006年の追い山ツアー記録)

一年間、男たちが待ちに待った山笠の興奮がこの15日間の行事を通して徐々に高まってくるのです。

【7月9日のお汐井とり-神事での始まり】

博多祇園山笠は760年近く続く博多の神事です。その中でも神事らしい神事のひとつとしてこの「お汐井とり」があります。お汐井とは、海岸の砂のことで、博多湾に面した筥崎宮というお宮の海岸の真砂をお汐井てぼ(竹かご)に納めて各戸の玄関口に置き、「災いを除き、福を招く」お祓いとして身を清めるために使われるものです。

博多祇園山笠では、山笠を舁く前に身を清めるために各町内の流(「ながれ」という。各町内の山笠のこと。東流れ、大黒流れなど)がそれぞれの山小屋から約10kmの距離を流毎に一番から順にお汐井とりに筥崎宮前の海岸にやってくるのです。僕も小学生のころはおじいさんに連れられてお汐井とりに行っていたことを覚えています。

【お汐井とり後の5日間】

お汐井とり後は、流舁き、追い山ならし、集団山見せと段階を踏んでクライマックスの追い山に達します。その最初の日は10日。今年初めて「舁き山」が動く流舁きです。夕方の16時~18時にかけて、7流すべてが流ごとに、それぞれの流の区域内を舁き回ります。いよいよ男たちの血が騒ぎ始めますよ。

それから忘れてはならない行事がもうひとつあります。それは追善山です。「追善山」とは前年の山笠後に亡くなった方で町総代や取締を務め、流に貢献した人を追悼する山笠の行事です。男衆が故人への敬意を込めて遺族の方々に追悼するもので、博多ならでわの行事であり厳粛なものを感じます。

このような神聖なお祭りである博多祇園山笠。今年も勇壮な追い山がひとりの事故もなく行われることをお祈りします。


≪山笠のサイト紹介≫

博多山笠のサイトを検索するといろいろな趣向を凝らしたサイトが出てきます。いくつか「これいいなあ」と思えるものを紹介しますので山笠理解の一助にしてください。

~役に立つ山笠紹介サイト~

「博多祇園山笠」~中洲観光協会、中洲町連合会、博多祗園山笠振興会のサイトです。

「山笠の達人になろう」~CLUB九州 2009山笠プロジェクトのページです。結構凝っていてオススメのサイトです。

「山笠があるけん博多たい」~中洲観光協会、中洲町連合会で、山笠のよもやま話が書いてあり一読の価値あり
  



2011年07月08日

【長谷川法世の世界】

皆さん、長谷川法世っていう漫画家をご存知でしょうか。博多の人はよく知っていると思いますが博多以外の人にはあまり知られていないのかもしれません。でも以前に博多山笠を題材にしたNHK朝の連続ドラマの原作を書いた人と言えば少しはピンと来るかもしれませんね。

【博多っ子純情】

その長谷川法世が世に出した最も有名な漫画が「博多っ子純情」ですが、西日本新聞社からその復刻版が数年前に出ていて中学生編の第一冊目から序徐々に買い揃えています。直近のは6冊目かな。(実はこれ以降は発刊されていないようですが)

この漫画に出てくる主人公の六平を見ていると、自分も同じような失敗をしていたことを思い出し、おもわず「ぷっ」とふきだしてしまいます。なんか、博多もんのおおざっぱでおおらかで、元気なところをよく描き出しているのです。

【ふるさとを大切に思うこころ】

僕はこの主人公と同じく、博多山笠がスタートする櫛田神社という神社のすぐ近くで生まれ育ちましたので、よく六平の心情がわかるのです。そして読み進めていると、じーんと胸が熱くなることがある。

「ああ、ふるさとてよかね~。」という思いです。

博多に生まれ育って、今は博多から遠く離れて暮らしておられる博多っ子の皆さん、それから博多っ子ではなくても博多のファンのみなさん、なつかしくなったり、博多の元気がほしいとおもったら「博多っ子純情」を読まれるか、この「博多っ子の元気通信」を読んでください。きっとふるさとが暖かく迎えてくれますよ。


そしてこのマンガの原作者である長谷川法世さんも、今は千葉から博多に戻ってきておられますよ。  


2011年07月08日

【新たなルール】

菅首相と海江田経産相の意見の不一致は何を意味するのでしょうか。

『菅首相は6日、原子力発電所の再稼働に向けた新たなルールを策定する考えを打ち出した。

 海江田経済産業相の働きかけによってすでに再稼働受け入れを表明した自治体もある中で、唐突に再稼働の判断を先送りする姿勢に転じたものといえる。エネルギー政策の根幹にかかわる重要な決断が一貫性なく示されたことに、政府内のみならず、全国に戸惑いが広がった。

 「大震災が起きた後なのに、経産省の原子力安全・保安院が『安全だ』と言うからって、そのまま再開というのは通らないだろう」

 首相は5日、首相官邸に海江田経産相、細野原発相を呼び、九州電力玄海原子力発電所など原発の再稼働問題への対応を協議した。首相はこの中で、全原発を対象に、津波や地震への耐震性の限界を調べる「ストレステスト(耐性検査)」を導入するよう指示した。

 首相のこの発言や、唐突にも見える6日の「新ルール作成」指示の背景には、東京電力福島第一原発事故以来の「経産省不信」があると指摘されている。

 首相がこだわったのは、ストレステストに内閣府の原子力安全委員会を関与させることだ。経産省だけの判断で再稼働を決められないようにするためとされる。

 実際、首相のブレーンらの間では、海江田氏が原発再稼働を要請したことについて、「時期尚早だ」との声が漏れていた。首相周辺の一人は最近、首相に「海江田さんが『原発が安全だ』と言っても、誰もそう受け止めませんよ」と助言した。

 首相と海江田氏の立場の違いは、閣内不一致として表面化した。』(7月6日付読売新聞)

【本当の敵はどこか?】

この読売の記事が指摘するように菅首相の唐突な新ルール指示や海江田経産相との意見の不一致には、福島原発事故以来の「経産省不信」があるとみて間違いないでしょう。事前に経産省とすり合わせをすれば経産省から首相の案はつぶされてしまう恐れがあるから敢えて海江田経産相も経産官僚にも直前まで明らかにせず、突然の発言となってしまうのではないかと僕は見ています。

もちろん菅首相のやり方はあまりにも唐突で、とても納得できるものではないのですが、それくらい巨大な経産省の権力に立ち向かうことは大変なことだとも読めます。本当は海江田氏や閣内の政治家同士ですり合わせて経産省などの官僚組織と対抗していけばいいのでしょうが、原発問題に限って言えばあまりにも敵が多く首相という国家の最高権力を持ってしてもざっとはいかないということでしょう。

あまりにも政府の基本的姿勢がぶれるので菅首相に対する批判が強いのですが、何度も言いますが僕はこれくらいやらないと住民の命などものともしない経産省を頂点とする原子力ムラの権力には対抗できないのだと思います。忘れてはいけないのは、福島原発事故の原因究明さえやってないのに、住民の安全など二の次で原発の再稼働を遮二無二に強硬しようとしているのは他ならぬ経産省だということです。それに対抗して、新ルールを決めて原発の安全をより確保しようとしているのは菅首相の側なのです。どちらが住民の命の側に立っているかは歴然としています。確かに玄海原発などの再稼働が遅れれば今夏から電力不足が起こるかもしれません。しかし、それと安全問題とは峻別しておくべきでしょう。いったん事故が起これば電力不足などとは別の次元の破局が待っているのですから。

ただひとつだけ懸念があるとすれば、こんな政府不信が長引くと、菅首相がひとりでどんなに頑張っても、首相や政権が変われば再びすべてがひっくり返る可能性も出てくるのではということです。郵政民営化がまさにそうでした。

政治家や政府がどうあれ、市民である僕たちは、ここは冷静に、しかも厳しく経産省の動きを監視しなければ、あなたの地域が、そして日本全体が第二のフクシマとなることを覚悟しなければならないでしょう。  



2011年07月07日

【突如、新ルール】

政府の見解が割れています。

『菅首相は6日の衆院予算委員会で、運転停止中の九州電力玄海原子力発電所(佐賀県玄海町)をはじめとする全国各地の原発再稼働について、「(安全性確保の)新たなルールを作り、国民が納得できるよう、海江田経済産業相と細野原発相に指示を出している」と述べ、原発の運転再開を判断するための新たな基準やルールを作成するよう、関係閣僚に指示したことを明らかにした。

 新ルール策定まで、再稼働の判断を留保する考えを示したものだ。

 玄海原発を巡っては、海江田氏が再稼働を地元に要請済みで、政府内の調整不足が表面化した形。同原発の再稼働が遅れるのは必至だ。

 首相は答弁で、原発再稼働について、東京電力福島第一原発事故を踏まえ、「従来のルールなら経産省原子力安全・保安院、経産相の判断で(再稼働を判断)できるが、国民に納得をいただくのは難しい」と指摘。そのうえで、原発の耐久性を調べるストレステスト(耐性検査)にも触れ、「ストレステストも含め、日本のすべての原発を共通のルールでチェックできるような形を検討してくれと(経産相らに)指示した」と説明した。』(7月6日付読売新聞)


【なぜか?】

「風雲急を告げる」というのは、こういう事態を言うのではないでしょうか。今、日本の原発は福島第一原発の核惨事によって完全に国民そして世界の信頼を失い、それに輪をかけて方針がころころ変わる政府の見解によってますます混迷の度合いを深めています。

一体なぜなのか?海江田経済産業相と菅首相の間には大きな溝が横たわっているように見えるのは僕だけでしょうか?全国の原発の再稼働を急ごうとする経産省に対して、その最初のケースになろうとしていた玄海原発の再稼働について地元がゴーサインを出す直前になって菅首相の口から出てきた「ストレステスト」の実施。一体なぜなのかという疑問がわき上がります。

おそらくこれは原発の延命を図る経産省と、それに反発する菅首相の間で熾烈な綱引きが進行していることを意味しているのではないでしょうか。福島第一原発の核惨事で住民をないがしろにし続けた原子力ムラの中心的存在である経産省のやり方に対して、不信感を持つ菅首相が権力闘争を仕掛けているのではないか。そう見えます。菅首相の後ろにだれがいるかはわかりませんが、福島第一原発の事故で日本が破局を迎えるほどの危機を経験した菅首相だからこそ、旧態依然の経産省をなんとかしようとしているのかもしれません。そう考えると、いろいろな表面的な現象がピタッとはまって見えてきます。

【脱原発に向けて】

原発維持か脱原発かは、これからの日本と日本人の運命、いや命を左右する重大な選択です。あれだけの核惨事を引き起こしてしまったニッポンにおける新規の原発建設は、住民の側からも、そして市場経済の原理からしてもほとんど可能性がなくなりました。現実的には「トイレなきマンション状態」で放射性廃棄物の行き場を失いつつある今ある原発を危険な炉から順次廃炉にしていく選択肢しか残されていないと思われますが、たとえそうであっても原発の延命を図ろうとする原子力ムラの圧力は日を追ってすさまじくなるでしょう。

その重大な選択をする最後の瞬間まで、現在の菅首相と経産省との闘いのような熾烈な権力闘争が今後様々なレベルでますます酷くなっていくと思われます。

いづれにしても危惧するのは、欧州のストレステストは福島第一原発の核惨事が起こった3月に直ぐ実施が決まり、冷静な議論の中で着々と準備が進められているのに対し、日本では先ほど述べた政府の権力闘争の材料のような歪んだカタチで導入されようとしている点です。こんなことでは住民の安心など到底得られないでしょうし、ストレステストをやったからといって安全になるなどとは考えられないでしょう。

また、今後も気をつけなければいけないのは、自らの立場は明らかにせずに、脱原発を主張する者にレッテルを貼ったり、原発なしに経済は成り立たないといった脅しをかけてきたり、あるいは深く調べもせずに綺麗事ばかり言う人たちです。これは命の選択だという視点と自分の座標軸をしっかり持って、冷静な議論をすることがすべての日本人に求められると思います。  



2011年07月06日

【松本復興相の発言】

確かにVTRに出てくる松本復興相の発言を聞いていると上から目線に聞こえます。

『松本龍復興担当相が東日本大震災の被災地復興に関し「知恵を出さないところは助けない」などと発言した問題で4日午前、与野党幹部から「暴言だ」として、松本氏の早期辞任を求める声が上がった。野党は近く開かれる衆参の予算委員会などで、松本氏に加え、菅直人首相の任命責任を追及する構え。退陣表明して求心力が低下している首相は、厳しい対応を迫られそうだ。
 民主党幹部は、松本氏の発言を受け「さっさと辞めるべきだ。辞めないなら首相が更迭すべきだ」と要求した。
 自民党の大島理森副総裁は党本部で記者団に、「誠に遺憾だ。上から目線の発言は良くない」と述べ、松本氏を批判。「強く反省を求めないといけない。委員会の中で問いただしていく」と語った。
 同党の石原伸晃幹事長は岡田克也・民主、井上義久・公明両党幹事長との会談で「被災地の気持ちを逆なでするもので、決して容認できない。よく注意してほしい」と抗議。井上氏も「被災地、被災者の気持ちを全く理解していない。無神経極まりない」と非難した。この後、岡田氏は松本氏に電話で「謙虚にやってほしい」と伝えた。
 石原氏は会談後、記者団に「自身がしっかりと釈明をするか、お辞めになるしかない」と、松本氏の対応次第では辞任を求める考えを示した。』(7月4日付時事通信)

【同じ穴のムジナ】

結局、松本復興相は自らの発言を陳謝し辞任しました。いくら何でも被災地の復興を任務とする大臣が被災地を蔑むような発言をしては逃げようがないでしょう。辞任は当然だと思います。

ただ、今回の大臣辞任騒動で忘れてはならないことがあります。それは日本の大臣や国会議員って大なり小なり地方や国民をこんな目線で見ているのではないかということです。中央と地方の上下関係みたいなものが、松本復興相の度を過ぎた発言に我慢しきれなくなった地方のメディアが暴露したために大臣の辞任にまで発展したのです。リークした地方のメディアはよくやったと思います。

そして、もうひとつ忘れてはならないことがあります。それは与野党を問わず他の国会議員も松本復興相と同じ穴のムジナではないかということです。オフレコの部分をリークしたことをいいことに、復興相を引きずりおろし、菅首相をやめさせる好機とばかり、与野党の政治家が自分たちは清廉潔白と言わんばかりに大合唱する光景には唖然とします。彼らも中央にいる大臣や国会議員として松本復興相と同じような行動をしたことはないでしょうか。胸に手を当てて考えてみてほしいものです。

この復興相の発言を巡る一事を見ても、日本の政治状況は、東日本大震災を転機に一致団結して「国難」に立ち向かうどころか迷走と混迷の度合いを一層深めているという印象を強くするのは僕だけでしょうか。ニッポンの政治家は今世界最低のレベルでしょう。

目下の重要課題はこんなつまらない大臣辞任問題よりもたくさんあります。被災地の復興はもちろんですが、福島や周辺地域に拡大する放射能汚染への対処や全国の原発の再稼働問題も国民的議論を喚起するべき重要課題です。そんな声が与野党の国会議員から聞こえてこないし、大手メディアもそんな議論を避けている国会議員を追及もせず、大臣の揚げ足取りみたいなことをやって政治を茶化してばかり。尖閣列島や竹島、北方四島などの領土問題にいたっては中国、韓国、ロシアの思うがままです。

本当に怒りを通り越して、唖然としてしまいます。松本復興相だけでなく、現在の国会議員や政党はすべてクビにすべきですね。  



2011年07月05日

【ふたつの試算】

日本学術会議と東大准教授がまとめた試算に関するふたつの記事を紹介します。先ずは日本学術会議の試算に関する読売新聞の記事。

『東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けて、原発存続の行方が注目される中、日本学術会議の分科会(委員長=北沢宏一・科学技術振興機構理事長)は、原発の撤退から現状維持・推進まで六つの政策の選択肢ごとに、標準家庭(1か月約6000円)の電気料金が、どれくらい増えるかの試算をまとめた。

 原発を放棄し、太陽光などの再生可能エネルギーに移行した場合の負担は大きく、逆に維持すると負担は小さくなるが、同分科会は、今後、原発の安全規制が強化され、存続しても負担増になる可能性もあると指摘。秋にも最終報告をまとめる。

 試算は、エネルギー政策の議論に役立てるのが狙い。政府や大学などが公表する発電コストのほか、温室効果ガス削減の国際的取り組み、15%の節電、人口減少、原発の安全対策などにかかる費用をもとに検討した。選択肢は、大きく分けて原発の「撤退」、全発電量の約30%を原子力が占める「現状の維持」、50%まで拡大する「推進」。撤退は、全原発停止の時期によって4ケースに分けた。

 現在、稼働中の原発が定期検査を迎える来夏までに全原発が停止した場合は、火力発電に切り替えた後、温室効果ガスを減らす再生可能エネルギーの比率を高めていく。国際的な削減目標を達成するための対策が本格化する2030年には、標準家庭1か月の電気料金の上乗せは、2121円と算出した。』(7月2日付読売新聞)

そして、茂木源人(げんと)・東京大准教授がまとめた試算に関する記事。

『2050年に「脱原発」を実現した場合の国内の経済影響はほとんどないとの試算を、茂木源人(げんと)・東京大准教授(社会戦略工学)がまとめた。太陽光パネルをすべて国内で生産し、未利用の土地を活用することなどの条件が前提で、実現には政府の姿勢が鍵になりそうだ。

 試算は電力会社の依頼を受け実施した。

 現在、日本の電源は原発約3割、火力約6割、太陽光を含むその他が約1割。試算では、太陽光パネルの寿命は20年で、発電量は年率1%で劣化するとした。50年までの電力需要を考慮し、(1)原発を段階的に廃止し、その分を太陽光が代替する(2)原発はそのままで、太陽光が普及していく分、火力を減らす(3)原発はそのままで、太陽光は住宅への普及限度の1000万戸まで増え、その分の火力が減る--の3ケースで分析した。

 その結果、50年の国内総生産(GDP)は、(1)536兆円(2)533兆7000億円(3)536兆1000億円で、ほぼ同レベルになった。

 この理由を、(1)と(2)で太陽光パネル製造や設置費など40年間で162兆8000億円が投入され、製造工場などで雇用が生まれるためと説明している。

 東日本大震災前の原発の平均発電量を得るには、1万平方キロの設置面積が必要だが、現存の耕作放棄地などを活用すれば可能という。

 一方、電力料金については、20年代半ばに1キロワット時あたり0・6円上がるが、大量生産が実現する30年に元に戻ると分析した。

 茂木准教授は「当初の太陽光発電のコストは他電源より高いが、国内ですべて生産すれば経済の足を引っ張ることはない」と話す。』(7月3日付毎日新聞)

【ふたつの試算から見えてくるもの】

試算結果の詳細がわからないので、あくまでもたったこれだけの記事の内容だけから僕なりの印象を以下に書きます。

・ふたつの試算はその目的も違えば、手法も違っているので単純な比較は出来ないと思いますが、驚くべきことは日本学術会議の試算では国内の原発を停止して自然エネルギーに代替すると2030年までに一般標準家庭で月2千円近い電気料金の負担が増すとしているのに対し、東大の茂木准教授の試算では、電力料金は、20年代半ばに1キロワット時あたり0・6円上がるものの、太陽光発電の大量生産が実現する30年に元に戻ると分析していて、印象としては正反対とも言える試算結果になっていることです。

・多少の独断と偏見を持ってこの試算結果についてコメントさせていただくとすれば、試算というものは試算をする機関なり団体の目的・意図によってどうにでもなるということ、そうであれば政府の独立行政法人である日本学術会議はその権威でもって政府の原発推進・維持方針を擁護する方向で結論ありき、あるいは誘導的な試算を発表しようとしているのではないかということです。なぜなら、日本学術会議の試算は原発事故やこれから厳格にせざるをえなくなる安全対策などのコストの上昇の可能性はあまり強調せず、原発の現状維持ばかりを正当化しようとする姿勢が見え隠れするからです。

・さらに、正直言って今までの政府や政府関係機関の原発に関する様々な嘘八百の発表を考えれば、日本学術会議の試算も何らかの意図をもって出そうとしているのではないかとの疑念を持ってしまうからです。もっとはっきり言えば、これは学術会議という権威を利用した国家による原発広報ではないかということです。

・もしもそうでないと日本学術会議が反論するのであれば、少なくともこの試算を正式に発表するときには、試算に関するすべての根拠、データ、プロセスなどをすべて一般市民の前に全面的にわかりやすく公開するとともに、日本学術会議が関係する学者や政府関係機関などについても中立・公平である根拠を明らかにすべきだと思います。  



2011年07月02日

【佐賀県知事の再稼働前向き発言】

海江田経産相が玄海原発2号機、3号機の再稼働を求めて佐賀県の古川知事を訪問し、会談しました。

『停止中の九州電力玄海原子力発電所(佐賀県玄海町)2、3号機の運転再開問題で、同県の古川康知事は29日、海江田万里・経済産業相との会談後、「安全性の確認はクリアできた」と話し、再開を容認する姿勢を示した。県議会の議論などを踏まえて最終判断する。運転再開すれば、東京電力福島第一原発の事故後、検査で停止している原発では全国初となる。

 古川知事は、全国の原発の緊急安全対策は適切だと認めながら中部電力浜岡原発(静岡県)だけに停止を要請した国に「納得できない」と説明を求めていた。

 この日、県の要請に応じて来県した海江田経産相は古川知事との会談で「危険性のない所は政治の判断で動かす、本当に危ない所は責任を持って止める」と強調。「玄海2、3号機の安全性には国が責任を持つ」と再開に理解を求めた。』 (6月29日付朝日新聞)


【本当にいいんですか?】

経産相や佐賀県知事には悪いですが、はっきり言って今回のようなやり方はなにも住民の安全など考えず、福島第一原発の核惨事を経ても何の責任も取らない経産省のいいなりになっている政治家同士の茶番劇ですね。橋下大阪府知事も経産相のやり方を「電力が足りないから原発が必要だという脅しみたいなロジックを突き付けており、霊感商法と同じだ」と厳しく批判しています。

会談の数日前に行われたケーブルテレビでの経産省主催の「住民説明会」といい、とにかく全国的にも福島第一原発の核惨事に対する認識が甘く、過去の経験からも最も与しやすいと経産省が読んでいる玄海町と佐賀県を最初に「落そう」とたたみかけてきているということでしょう。

福島第一原発の事故原因の究明もまだ終わっていないばかりか、福島第一原発4号炉の主任設計者だった田中三彦氏が津波の前の地震の一撃で原子炉の配管が破断し、冷却材喪失事故が起こっていた可能性が高いと指摘しておられ多くの専門家も支持しているにもかかわらず、国は津波による電源喪失にすべての原因を押し付けて何ら耐震基準の見直しに手をつけていないのです。(しかも福島原発付近で起こったのは震度6程度の地震であり、この程度の地震で配管が破断したということは、他のどこの原発でも起こる可能性があるのです)

そんな状況ではたして何がどう「安全なのか」、どうして古川知事は「安全性の確認についてクリアできた」などと言えるのでしょうか。橋元知事が言うように住民の安全など二の次でこの夏の電力不足懸念を楯に、九州からなし崩しで停止中の原発の再稼働という既成事実を積み上げようとしていると勘繰られても仕方がないでしょう。

あれほどの大規模な核汚染があったのですから、政治家同士の口約束などではなく、原発立地の市町村や自治体と経産省の専門家同士による徹底した安全性の議論、その議論の住民への全面公開、そして対策の実施を着実に行うことが最低限必要なのではないでしょうか。

そして、原発事故の広域性を考えれば、玄海町と佐賀県だけが電力会社と安全協定を結ぶのではなく、風下になる可能性が高い唐津市も糸島市も福岡市も北九州市も、福岡県も、大分県も、長崎県も、安全協定の締結を求めていってより厳しい安全対策を政府と電力会社に求めて行くべだと思います。

忘れてはいけません。東京電力や経産省の怠慢で福島第一原発の核惨事が起こり、多くの福島県を中心とする子供たちや住民の方々が日々放射能の不安にさいなまれ、故郷に帰れなくなっているのです。この九州だって同じ運命に陥る可能性は十分にあるのです。

僕は福島原発の核惨事から未だ4カ月しか経っていないこの時期に、もし古川佐賀県知事が確たる安全の確証もなく玄海原発の再稼働にゴーサインを出したら、自分が生きている間はこの知事の不見識を追及しつづけるつもりです。  




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