2011年11月07日

【あまりにも突然の死】

あまりにも、あまりにも突然の死でした。

『日本相撲協会は7日、大相撲の元横綱・隆の里の鳴戸親方=本名・高谷俊英(たかや・としひで)、青森県出身=が同日午前9時51分、福岡市内の病院で死去したと発表した。死因は急性呼吸不全。59歳だった。葬儀の日取りは未定。

【写真で見る】平成生まれ初の関取誕生 記者の質問に答える鳴戸親方

 日本相撲協会によると鳴戸親方は糖尿病やぜんそくなどの持病があり、数日前から体調不良を訴えていたという。8日に福岡市内で臨時の理事会を開き、部屋の継承問題などを話し合う方針。

 鳴戸親方は今年10月以降、週刊誌で弟子を角材で殴打したなどと報じられ、相撲協会から事情聴取されていたが、同協会広報担当者は「(自殺や)事件性は100%ない」と説明した。

 二子山部屋に入門し、68年名古屋場所で初土俵。糖尿病を克服して83年名古屋場所後に第59代横綱に昇進した。千代の富士と優勝を争うライバル関係を築き、当時大ヒットしたドラマから「おしん横綱」と呼ばれた。優勝4回。引退後は年寄・鳴戸を襲名、89年に鳴戸部屋を起こした。』(11月7日付毎日新聞)

【相撲を心から愛した親方】

「おしん横綱」の異名を取る第59代横綱59歳での突然の死に、ただ、ただ、呆然としました。人間とはこんなにも脆いものか、こんなにも突然にこの世を去るものなのか、釈然としない気持ちがグルグルと回ります。

つい先週、「あと5年で定年だと言うのに、今になってこんな試練に見舞われるなんて思いもしなかった。」と少し弱気の発言をされていた鳴戸親方。それでもここ1年で2人もの関取を輩出し、この九州場所では稀勢の里関が大関昇進をかけてさらなる飛躍を遂げる直前の、あまりにも急な旅立ち。

鳴戸親方はさぞ無念だったでしょう。「稀なる勢い」を持つ力士と自ら名付けた稀勢の里関の九州場所での大関昇進を見ずにこの世を去りました。

鳴戸親方は、外野からの心ない誹謗・中傷にもめげず、「おしん横綱」の言葉通り、今は我慢をしながら、弟子たちの活躍による土俵での正々堂々の勝負に賭けているのではないかと思っていた矢先の突然すぎる訃報でした。まるで鳴戸の名誉を守るように59歳で逝った第59代横綱・隆の里。

日本の相撲を心から愛し、弟子たちが相撲で大成できなくても「ちゃんこ屋」としてやっていけるようにと厳しくちゃんこ作りにまで指導をしていた鳴戸親方。相撲を愛してやまない本物の親方として歴史に残る人だと信じています。さようなら、鳴戸親方。安らかにお休みください。  




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