2013年04月26日

【27年前の大惨事】

みなさんは27年前の今日、世界全体を恐怖のどん底に陥れた出来ごとをご存じだろうか。

それはチェルノブイリの原発事故だ。

1986年4月26日午前1時24分、旧ソ連ウクライナのチェルノブイリ原発4号炉で原子炉停止実験が失敗、原子炉の暴走が始まり、数度の爆発で瞬く間に大量の放射能が全世界に撒き散らされた。 (写真は27年前、事故を起こした4号炉)

事故直後から数週間の間に起こったことは、事故そのものの悲惨さを上回るような出来事だった。旧ソ連政府による事故隠し。何も知らされないで捨て置かれた何十万人もの避難民の被爆。
その後も旧ソ連政府だけでなく、IAEA(国際原子力機関)を始めとする国際機関や各国政府の事故隠し。長崎・広島を経験した日本さえもその一団に加わった。事故後27年を経た今、事故そのものの記憶の風化が進んでいるが、これらの機関や政府のチェルノブイリの真実を出来るだけ小さく見せたいという意図は本質的には変わっていないように思う。

そして2年前の3月11日に東日本を襲った大地震と大津波の後、原発大国ニッポンは福島第一原発でチェルノブイリに匹敵する核惨事を引き起こした。世界中が事故の状況を心配する中、僕らだけでなく世界中の人たちが東電、経産省原子力安全・保安院、政府官邸などから発信される情報に不信感と疑念を募らせていった。その後2011年12月には、政府が「冷温停止状態」に至ったとして事故の収束宣言を出したにもかかわらず、放射能は漏れ続けフクイチの廃炉には何年かかるかわからない状況が続く中、国民の政府や原子力ムラに対する不信感は膨らむ一方だ。

【恐怖の「見えない雲」】

しかし、福島第一原発の核惨事の本当の恐怖はこれから始まる。それはとりもなおさず空気、土、水、さらに加えて海の放射能汚染だ。事故当初は対外被ばくが恐怖の中心だったが、これからは食物を通じて起きる体内被曝が5年~10年後に子供たちを中心に顕在化してくるのだ。チェルノブイリはその原発事故による大規模な放射能汚染の貴重な教訓だったのだ。

僕自身は史上最悪と言われたチェルノブイリ原発事故当時のことは今でも鮮明に覚えている。事故発生後数日経ってから北欧や欧州各地で基準値を大幅に上回る放射性物質が大気中から検出され、世界中が大騒ぎとなり、特に欧州では「見えない雲」、すなわち目には見えないが恐ろしい放射能を含んだ雲の飛来に数週間、数か月にわたって人々は怯え続けたのだ。(それらの放射性物質が日本にまで飛来していたころ、5月のゴールデンウィークの最中に東京の皇居周辺ではあの亡くなったダイアナ妃の歓迎パレードが行われていた)

そしてそれは杞憂ではなかったし、実際にチェルノブイリ周辺数百キロの地域で大規模な放射能汚染が発生、甲状腺ガンなどによる事故の直接・間接的被害による死者は数十万人から数百万人にのぼったと言われている。福島第一原発の放射能汚染の規模はチェルノブイリの10分の1と報道されているが、福島がチェルノブイリと同じ道を辿るのは間違いない。


【生かせなかった教訓】

チェルノブイリは本当に恐ろしい体験だった。チェルノブイリから数千キロも離れた日本でもそう感じたのだから、全市民が避難したキエフやヨーロッパの人々の恐怖は並大抵のものではなかったはずだ。

あれから27年。その記憶は人々の脳裏から消えていた。そして起こった福島第一原発の核惨事。教訓は生かされなかった。

あのチェルノブイリのときに味わった恐怖を原発の専門家たちだけでなく、市民である僕たちも決して忘れてはならないと3/11前まで思っていた。そして忘れたころに災難はやってきた。もう福島周辺の土地は何十年にもわたって「放射線管理区域」として容易に人が住めない地区となった。

チェルノブイリよりもまだ恐ろしいのは、未だに放射能は大気中、土壌、海に汚染を広げており、いつ止められるのかわからないこと、そしてもしも福島で次の大地震が起これば四号機に残された千本以上の核燃料棒の入ったプールが建屋ごと崩壊し、フクイチの何倍、何十倍という大量の放射能放出の可能性が残っているということだ。しかも、福島だけでなく、地震の多発する日本列島には54基もの原発、3千トンもの使用済核燃料を貯蔵したままの六ケ所村再処理工場があるということだ。日本という国、そしてそこに住む僕たちは生き残れるのだろうか。

チェルノブイリから27年経った今、チェルノブイリを超えたフクイチを作りだした僕たち日本人はこの恐るべき現実にこれから何世代にもわたって向き合っていかなければならないことを片時も忘れてはいけない。

≪参考記事≫

1.「チェルノブイリの真実」―2006年4月16日の僕のブログ記事
2.「ゴルバチョフ氏の回想」―2006年3月9日の僕のブログ記事



  



2013年04月23日

静岡県の川勝平太知事は4月22日の記者会見で、政府の要請を受けて運転停止中の中部電力浜岡原発(御前崎市)の再稼働をめぐり、「住民の判断を仰ぐのは極めて重要だ」と述べ、住民投票を行うべきだとの考えを示したという報道がありました。事故が起こればもっとも被害を受ける近隣住民の考え方を尊重するのは当然ですが、今の自民党政権をはじめ政府は住民投票での原発再稼働には強い拒否反応を持っています。日本を壊滅的な状況にすぐにでも追い込みかねない浜岡原発の再稼働については、まず住民投票、そしてその結果を最大限尊重して政府は判断すべきだと思います。

以下は、その浜岡原発について1年前の4月24日に書いた僕のブログ記事です。


【中部電力の奇怪】

この人間たちの狂気を誰が止めることができるのでしょうか?

『中部電力は16日、南海トラフの巨大地震が発生し、浜岡原発(静岡県御前崎市)に高さ21メートルの津波が来た場合の影響評価についての報告書を経済産業省原子力安全・保安院に提出した。停止中の現状を前提に「安全を確保できる」としている一方で、冷却機能が失われ注水が停止すると、最短で6日後に燃料が露出する可能性があるとした。被災後に迅速な復旧作業ができるのか問われそうだ。

 同原発は昨年5月に政府の要請で停止しているが、東京電力福島第1原発事故を踏まえ、海抜18メートルの防波壁などを建設している。しかし、今年3月末、内閣府の有識者検討会は巨大地震が発生すると、最大21メートルの津波が押し寄せると予測。保安院は中部電に対し、浜岡原発への影響を評価する報告書を16日までに提出するよう求めていた。

 報告書によると、「現状は冷温停止状態にある」とした上で、「敷地が浸水し原子炉や使用済み核燃料プールの冷却機能が喪失しても、燃料が冷却水の水面から露出するまでに最短で約6日ある」と分析。「高台に配備した可動式ポンプなどで代替注水できる」としている。

 一方、再稼働した場合の対策について報告書は「(今後入手するデータを)詳細に検討し、必要な対策を講じる」と追加対策の是非を検討する考えを示した。中部電の増田博武原子力部長は記者会見で「有識者検討会の試算の根拠となったデータが十分に提供されていない。評価には数カ月かかる」と先送りする考えを示した。

 中部電は12年中の防波壁完成を目指している。追加対策としては、防波壁の高さ見直しが想定されるが、大規模な追加工事が必要になった場合、工期が遅れ、再稼働が遠のく可能性がある。

 一方、保安院は今月中にも報告書が妥当かどうか判断。5~6月に有識者検討会が詳細な津波高を推計するのを踏まえ、専門家会合で浜岡原発で想定する津波高を引き上げるか検討する。【森有正、高橋昌紀、岡田英】』(4月16日付毎日新聞)


【想像力の欠如?】

この記事を読んでいると正直言ってコメントすることさえばかばかしく思えてきます。中部電力と原子力安全・保安院はまるで何かに憑りつかれているとしか僕には信じられません。浜岡原発を何が何でも稼働に導くためには、たとえ津波の想定が21メートルになろうが、津波によって原発の冷却機能が失われようが、自然の猛威なんてどんなことでも対処できると結論づけようとする精神構造は、もはや「狂っている」としか表現のしようがないくらいです。

そもそも巨大地震が来て、巨大津波が襲来して原子炉の冷却機能が失われても、高台にある可動式ポンプだけが「無傷」で、そんな大災害が起きた時にも運転員たちも「無償」でポンプを稼働できると考えること自体、あり得ないことだということは僕ら素人にでも「想像」できますし、机上の計算に過ぎないとわかります。

原発を稼働するために机上の計算で自分たちの都合のいい結論を導き出して「想定外」の大事故を起こしたのが東京電力であり、フクイチだったということをどうしても認めたくないのでしょう。あるいは自分たちだけはそんなことにはならないと信じ切っているのでしょうか。それはフクイチを経験した今となっては、原子力という人間にとって制御できないほどのリスクを抱えた技術を管理する専門家として、あまりにも想像力に欠け、あまりにも自然に対して傲慢な態度ではないでしょうか?

今、この瞬間もフクイチの4号機の千本以上ある燃料棒は、壊れかけた建屋が次の地震で崩壊すれば、格納容器もないむき出しのまま、フクイチ事故の何十倍もの放射性物質を大気中に拡散し、日本どころか世界中が緊急事態に陥るというのに、さらに加えて確実に起こると言われる東海地震の震源のど真ん中にある浜岡原発を単に防波堤を作るだけで動かそうとするその神経たるや、もう人間のなせる技ではないと断言できます。一体いつまでこんな狂気を僕ら日本人は許すのでしょうか?中部電力や原子力安全・保安院の狂気をこのまま許しておくのでしょうか?ひとりひとりが真剣に声をあげるべきです。

そうしなければ間違いなく、日本が壊滅するときが遠くない将来にやってくるでしょう。
  



2013年04月17日

2年前の4月15日、ドイツのメルケル首相は福島第一原発の核惨事を受けて再び脱原発の大きなうねりを起こしたドイツ国民に背中を押されるように原子力推進路線から一気に原発廃止路線に方向転換を図りました。国民の多くが政治家に粘り強く求めれば、原発を止めることはできるのです。現に日本でもフクイチ後2年経った今も、原発事故をなめきった原子力ムラを信用することなく全国のほとんどの原発を2年にわたって止め続けているのは多くの国民の原発に対する不安と不信、そして原発に依存する社会を「正常な」形に戻したいという強い欲求があるからです。

決してあきらめないという、大地に足をつけた決意さえ持ち続ければ、えげつない隠ぺいや傲慢で凝り固まった原子力ムラの連中など何も怖くありません。彼らはいづれ自滅するでしょう。いや市民がまた巻き添えを食らう前に自滅させなければなりません。

そういう勇気を与えてくれたドイツの動きについて、2011年4月18日付の僕のブログは書いていました。以下はそのブログ記事です。


【ドイツの決断】

ドイツの首相が再び原子力からの撤退を言明しています。

『東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けてエネルギー政策の見直しを進めているドイツのメルケル首相は15日、「原発をできるだけ早く廃止したい」と述べて、原発の稼働期間の延長を柱とした、みずからのエネルギー政策を改める意向を示しました。

ドイツのメルケル首相は、去年秋、国内にある原発17基の運転を平均で12年間延長する方針を決めましたが、福島第一原発の事故を受けて、この決定を3か月間凍結し、原発を含めたエネルギー政策の見直しを行っています。15日には、16すべての州の首相や関係閣僚を集めて、エネルギー政策について協議を行いました。このあとメルケル首相は記者会見し、「われわれはできるだけ早く原発を廃止して再生可能エネルギーに移行したい」と述べ、原発の稼働延長を柱としたみずからの政策を転換する意向を示しました。そのうえで、風力や太陽光などの再生可能エネルギーの普及に向けた議論を加速させる方針を示しました。ドイツでは9年前、前の政権のもと、原発の運転を2022年ごろまでに、すべて停止するとした「脱原発法」が制定されたのに対し、メルケル政権は、代替エネルギーの普及が追いついていないなどとして原発の稼働延長に大きくかじを切ったばかりでした。』(4月76日付NHK)


【市民と文明観】

この記事にもあるように、ドイツでは1986年4月26日に起こったチェルノブイリ原発事故の後、ヨーロッパ全域に広がった深刻な放射能汚染を契機に原子力発電に対する根源的な疑念が市民の間に湧きおこり、環境を重視する政治的うねりをもたらしました。そしてそれが脱原発の大きなうねりとなったのです。

しかし、ここ10年余りの間に地球温暖化問題の解決に原子力発電が有効であるという考え方が広まり、世界的に「原子力ルネッサンス」と呼ばれるような原子力発電の新規着工が世界中に行われるようになりました。その最中に起こったのが今回の福島第一原発の核惨事です。

ドイツでは一番早くこの核惨事に国全体が反応し、運転中の古い原発が一時停止され、メルケル首相率いる与党が選挙で大敗、原発を当面存続していくとしていた与党が方向転換を迫られる事態となっているのです。そして再びドイツは自らの文明観を見なおそうという方向に市民が政府の背中を押そうとしているのです。

今回の福島第一原発の核惨事を見ていて、強く思うのはこの核惨事は日本人全体の責任で起こったということです。一部の政治家や東京電力、経産省等の官僚等のなりふり構わぬ原子力推進、情報の秘匿、反対派の無視などを過去何十年にもわたって許してきたのは私たち市民、国民だということを忘れてはいけないと思います。これほど地震が多発するニッポンにこんなに多くの原発を作り続けることがこれからも日本だけでなく、世界中に核汚染の脅威を振りまいていくことになるということを今一度しっかり考え抜いて、文明観の転換を図っていかなければならないと思います。そのとき、ドイツの市民の勇気、文明観の転換が本当の意味で助けになると思っています。

本当に原発が日本という国家の存立に不可欠なのか、逆に地震大国・ニッポンにとって今回の福島第一原発の事故のようにとてつもない脅威になるのではないのか、ひとりひとりが深く、深く考える必要があると思います。
  



2013年04月16日

3月26日に放映された「3.11後を生きる君たちへ~東浩紀 梅原猛に会いに行く」(NHK Eテレ)で、哲学者・梅原猛氏が東日本大震災後わずか1ヶ月後に原発事故を起こした災害を「文明災」と定義し、原子力に依存してきた西洋文明の在り方に痛烈な批判を浴びせ、日本の伝統思想に立脚した自然と共存する人類共通の哲学思想を語っていました。

その梅原猛氏は東日本大震災の復興構想会議でも会議の特別顧問として「文明災」に言及、原発問題を会議のテーマからはずそうとしていた事務方をはじめとする原子力ムラに痛烈な一撃を放っていました。これほどの事故を起こした以上、文明史的なパラダイムシフトをしなければ日本は再び同じ原子力の災禍を繰り返すでしょう。もっと哲学者や文学者、社会学者や宗教家といった幅広い人たちが原子力ムラの横暴を糾弾して日本社会を変えていくことが必要だと思います。国の在り方があまりにも経済一辺倒過ぎます。

以下は、梅原猛氏が発言した復興構想会議について書いた2011年4月18日の僕のブログ記事です。


【議論スタート】

復興構想会議が14日スタートしました。

『「全国民の英知を結集する」として菅直人首相が発足させた東日本大震災復興構想会議(議長・五百旗頭真防衛大学校長)の議論が14日始まった。6月末をめどに第1次提言をまとめることを確認したが、首相が議論の対象から原発問題を外すよう指示したのに対し哲学者の梅原猛特別顧問らから異論が噴出。震災発生後の本部・会議の乱立や政治主導の政権運営に疑念を呈する発言も相次ぎ、復興構想の具体化に不安を残すスタートとなった。

 「原発問題を考えずには、この復興会議は意味がない」

 以前から原発の危険性を唱えてきた梅原氏は会議の終了後、記者団にこう言い切った。首相自ら特別顧問就任を要請した梅原氏だが、東京電力福島第1原発事故の収束する見通しの立たない中、賛否の割れる原発問題に踏み込みたくない首相の意向と会議の間に初会合からずれが生じた。

 原発事故の被害に苦しむ福島県の佐藤雄平知事は「原子力災害も皆さんに共有していただきたい。安全で安心でない原子力発電所はありえない」と提起。秋田県出身の脚本家、内館牧子氏も「地震、津波、原発事故という3本の柱で考えたい」と述べ、復興構想の中に原発をどう位置づけるかが議論の焦点の一つになりそうだ。

 内館氏は対策本部や会議の乱立にも「復興構想会議もその中の一つと国民に思われたら、東北がつぶれる」と苦言。震災後も府省や自治体との連携不足が目立つ菅政権に対し、「官僚と県や市が一体となってやることがまず第一」と注文をつけた。

 五百旗頭氏は会議後の記者会見で「(検討)部会で専門的な議論をするときには官僚機構から知恵を出してもらいたい」と強調。会議の下に設置する検討部会(部会長・飯尾潤政策研究大学院大教授)で提言の肉付けを進める段階で、官僚の協力を期待する考えを示した。』(4月14日付毎日新聞)


【原子力抜きの議論?】

最初の会議から波乱含みとなりました。それはこの記事にあるように、梅原特別顧問など数人の委員から原発抜きでは復興構想会議にならないという意見が噴出したからです。当然だと思います。

地震と津波と原子力災害が3つ一緒に起こったからこそ、今回のような天災と人災のミックスで東日本全体がかつてない悲惨な状況に追い込まれているのです。その最も大きな原因である福島の核惨事を議論から除外してしまっては、腑抜けのような結論しか出てこないことは明らかです。原発で議論が紛糾するのは当然でしょう。ならばどんなに紛糾してもトコトン議論すべきです。日本がまさに沈没せんとしているときに、その最も大きなガンである原子力問題を抜きにして復興はあり得ない。

これほどの核惨事を招いてもまだ日本人はわからないのでしょうか?復興構想会議のメンバーのひとりである玄侑宗久さんが自身のブログに書いているように、今回の地方自治の首長を選ぶ選挙でも原発容認派の知事がたくさん選ばれたようですが、自分の足元の原発が爆発しなければ福島の核惨事でさえ他人事なのです。日本は本当にこのままでは次々と襲いかかる大地震を引き金とする原発の核惨事で壊滅するところまでいくしかないのかもしれません。本当にぞっとします。

玄侑宗久さんのブログ「雪月花」→ http://www.genyu-sokyu.com/  



2013年04月15日

1年前の4月中旬、日本では全国の原発がほとんど止まり、残るは泊原発だけとなっていました。すべての原発稼働がゼロになることを何としても避けたい民主党政権、そして原子力ムラの面々は原発がなければ大停電になると国民を恐喝し、大飯原発を動かす画策を進めていました。あれから1年、未だに大飯原発は稼働したまま、本質的な問題解決を先送りしたままの原子力安全委員会の安全基準が示され、次の再稼働は川内か伊方かと新聞が書きたてています。

果たして、それで大丈夫なのでしょうか? フクイチ事故の際首相だった菅直人氏が東電の社員を前に語ったことは今でもすべての国民が肝に銘じておくべきことだと思い、以下に2012年4月10日の僕のブログ記事を採録します。

おぞましい原発のことなど忘れてしまいたいけれど、生き残るためには何度でも思い出して、ひとりひとりが日本壊滅を避けるために行動することが求められています。

以下がそのブログ記事です。


【再稼働強行】

野田内閣は、なにがなんでも泊原発の最後の原子炉が止まって日本の稼働原発がゼロになる前に大飯原発を動かそうとしています。それも原発の抜本的な安全対策を実施することなく、官僚の作文で済ませようとしているのです。今週からそういった動きが一層強まるとみられています。

あなたは、「夏の電力ピーク時の電力が足りなくなるのだから、関西電力が原発なしでは困るから、大飯原発のひとつやふたつ稼働しても仕方がない」と思ってはいないでしょうか?

それは大きな間違いです。大飯原発が再稼働すれば、次々と同じ考え方で政府は日本全国の休止原発を動かし始めるでしょう。フクイチ事故の教訓など何も活かされずにです。そうなれば次の大事故は必然となるでしょう。

【菅前首相の怒号】

ここでもう一度思い起こしておきたいことがあります。それは、昨年の3月15日、フクイチの1号機、3号機が次々と爆発し、2号機に異変が起こり、4号機が爆発するに及んで、もはやこれまでと思った東京電力がフクイチからの全員退避を菅前首相に申し入れたときのことです。

そのときの状況が「レベル7 フクシマ原発事故、隠された真実」(東京新聞原発事故取材班 幻冬舎)の106ページに書かれています。

『午前5時半、菅は東京・内幸町の東電本店に乗り込む。二階の対策本部に居並ぶ役員らを前に、外に聞こえるほどの大声で吠えた。

「これは2号機だけの話ではない。2号機を放棄すれば1号機、3号機、4号機から6号機。さらに福島第二のサイト、これらはどうなってしまうのか。これらを放棄した場合、何カ月か後にはすべての原発、核廃棄物が崩壊して、放射能を発することになる。チェルノブイリの2倍~3倍のものが10基、20基と合わさる。日本の国が成立しなくなる。」

「テレビで爆発が放映されているのに、官邸に1時間くらい連絡がない。情報伝達が遅いし、間違っている。どうなってるんだ」「命を懸けてください。逃げても逃げ切れない」

「会長、社長も覚悟を決めてくれ。60歳以上が現地に行けばよい。撤退したときには東電は百パーセントつぶれます。」』


このときの対応を誤れば、菅前首相が叫んだように、本当に東京を含む関東全域の3千万人近くの人たちだけでなく、日本全国がこれまでに放出された放射能の何十倍、何百倍以上が大気中に放出されて、数えきれない人々が急性放射線障害で倒れ、霞が関も機能停止して日本国は成立しなくなっていたでしょう。今までの政府の動きを見ていて、あなたはこういう事態を避けられるだけの原発維持体制の抜本的な見直しが行われたと思われますか?僕にはどうひいき目に見ても到底信じられません。

あのときの危機的状況を考えれば、原発の再稼働というのは、日本全滅を止められるかどうかという選択だということを僕たち国民ひとりひとりが肝に銘じて、政府の暴走にしっかりモノ申すべき重大問題なのです。
  



2013年04月12日

【わずか3分で漏水】

配管からも漏水して、もはや打つ手なし?

『東京電力福島第一原子力発電所の三つの地下貯水槽から放射性物質を含む汚染水が漏れ出た問題で、東電は11日、3号貯水槽から6号へ汚染水を移し替える際、配管の接続部から漏水したと発表した。

 漏れた水量は約22リットルで、含まれる放射性物質は約64億ベクレル。現場は貯水槽を覆う盛り土部分のため、貯水槽周辺の土壌まで漏れた可能性はないという。

 漏水は、3号貯水槽から汚染水を送り出すポンプの出口付近で起きた。東電は、3号で7日に判明した漏水について、貯水槽の最上部で起きていると推定。水位を下げるため、汚染水(約1万400トン)の一部を6号へ移す作業を、11日午後2時に始めた。その3分後、配管の接続部から漏水しているのを作業員が発見し、ポンプを停止した。汚染水は約6平方メートルの範囲にこぼれ、盛り土に染み込んだ。東電は、その部分の土を除去する。』(4月11日付読売新聞)


【果てしなき戦い】

東電の現場の方々は必至の思いでやっていると思いますが、放射能との戦いはあまりにも厳しいことが今回の漏水でも思い知らされました。たった22リットルの漏水に含まれる放射性物質が64億ベクレル? 恐るべき数字です。これほどの放射能に汚染された水がフクイチの周りをそこらじゅう取り囲んでいるのです。

これはまさに終わりなき戦いです。とても東電だけで解決するのは不可能でしょう。あらゆる知恵を振り絞って政府も民間も、日本全体で何とか汚染を食い止めていかなければなりません。毎日400トンもの汚染水がどんどん溜まっていく。こういう状態をこれから何年も何年も続けていかなければならないのです。

この戦いは一体何を意味するのか? 日本人ならひとりひとり、しっかり想像しなければならないと思います。あれほどの原子力事故を起こしたのは一義的には東電ですが、その背後には政府や官僚、政治家、御用学者、原子炉メーカー、大手メディア、そして見て見ぬふりをしていた私たち市民にも責任があるのです。

膨大な放射能汚染水との戦いは、すなわち、日本全国にすでに溜まった膨大な高レベル放射性廃棄物との戦いの縮図です。今溜まっている廃棄物でさえ最終処分の目途も経たないのに、安倍自民党政権や原子力ムラの面々は平気な顔をして、まだ原発や再処理を続けてこれからも増やそうというのですから狂気の沙汰です。子どもたちの未来もドブに投げ捨てるようなことを一刻も早く辞めてもらいたいと願うのは僕だけでしょうか?  


2013年04月11日

2年前の今ごろ、シンガー・ソングライターの齊藤和義氏が自身の曲「ずっと好きだった」の替え歌として作った反原発ソング「ずっとウソだった」が流行りました。齊藤さんのやるせない気持ち、そして原子力ムラに対する激しい怒りがこの反原発ソングに込められていました。その歌について書いた2011年4月11日付の僕のブログ記事を以下に再録します。折しも2013年4月10日、原子力規制委員会は新しい原発の安全基準の最終案を提示しました。原子炉そのものの老朽化問題や耐震基準の根本的な見直しなどには触れずじまいです。しかも最も重要な人の問題、すなわち「事業者の虜」にならない専門的な人材をどうやって育てていくかにはまったく手をつけていません。これで本当に原発の安全など守れるのか、僕には到底信用できません。

以下は2011年4月11日に書いたブログ記事です。


【反原発の歌】

痛烈な反原発の歌が巷で話題になっています。

『シンガー・ソングライターの斉藤和義(44)が8日、自身の曲「ずっと好きだった」の歌詞を反原発の内容にした替え歌を、動画サイト「USTREAM」での生放送で披露した。

 曲名は「ずっとウソだった」で、「ほんとウソだったんだぜ 原子力は安全です」「ずっとウソだったんだぜ ホウレンソウ食いてえな」「何人が被ばくすれば気が付いてくれるの この国の政府」「ほんとクソだったんだぜ」と、安全神話にのっとった原子力政策を批判。3万3000人以上が視聴し「今、何かと話題の斉藤です。ウッシッシ」とネタにする場面も。曲の途中で放送が止まるハプニングもあり、繰り返し歌唱した。

 同曲は、7日に「You Tube」上で出回り、投稿、削除が繰り返されるなど話題に。関係者は「映像はプライベートに作られたもの。意図しない形で公になったのは遺憾」とコメントしていた。』(4月9日付スポーツ報知)


【社会現象】

記事にあるように、この歌は斎藤さんの所属するビクターエンターテインメントが「当社として作品で出したものではなく、意図しない形でアップされたため、削除を依頼した」とのことですが、削除されても次々とネット上でアップされるため誰でも視聴することができます。

斎藤和義の「ずっとウソだった」動画サイト

http://www.youtube.com/watch?v=FZ2-vE6PqAg

歌には賛否両論が出ているようですが、正直聞いてみて痛快でした。原発問題というのは、そもそも内容が難解であることや電力会社や官僚組織といった巨大な権力に対する正面切った批判となることもあってどちらかというと批判する側が圧倒的に弱い立場に置かれ、極端な場合には反社会的だとしてマスコミなどからも無視されてきたというのが正直なところではないでしょうか。

原発問題を扱ったアルバムを出して一時販売中止になったことがあるのは、忌野清志郎さん(享年58歳)が率いたロックバンド「RCサクセション」です。忌野清志郎さんはその後もアルバム『COVERS』(1988年)に収録された「サマータイム・ブルース」で、露骨な原発批判を展開しているのですが、斎藤さんは忌野清志郎さんとも交流があったらしいとのことでその遺志を継いだのかも知れません。

ただ、忌野清志郎さんやそのほかの反原発歌と今回が決定的に違うのは、チェルノブイリ原発事故に匹敵する原発事故がこともあろうにこのニッポンで発生し、夥しい数の原発被災者を生み出して東電をはじめとする電力会社や政府が今まで「安全だ」と唱えていたお題目がもろくも崩れ去ったというまぎれもない事実があるということです。僕は事故発生以来、今回は市民が本気で怒らないとまた同じことが繰り返されると言ってきましたが、そのやり場のない激しい怒りを斎藤さんは歌で表現したということだと思います。文章や言葉で伝えようとしてもなかなか伝わりにくい原発問題をこれほどわかりやすく伝えたという意味では、歌の力は凄いと感じました。みなさんはどう思われますか?(「続きを読む」以下に歌詞をアップしています)  



2013年04月10日

2年前の4月9日の僕のブログを再録します。あの時、まだフクイチ事故から1カ月も経っていないのに野田政権は大飯の再稼働に向けて着々と準備を進めていました。政治家の茶番劇を何度も国民の前で演じて、いかにも新たな安全基準で運転が再開できるように見せようとしていたのです。その後大飯原発3、4号機は再稼働し、現在も動いています。そして昨年末に成立した安倍政権は時計の針を3/11前に戻すかのように原発推進路線に逆戻りして、日本全国の原発の再稼働、六ヶ所村再処理施設の継続を声高に主張しています。
ここでもう一度2年前のブログを見て、フクイチ事故の教訓について再考したいと思います。

以下が僕の2011年4月9日のブログ記事です。


【アリバイ作り】

大飯原発の再稼働に向けて野田内閣はこれだけ慎重にやってますというポーズ作りだけに腐心しているように見えます。

『野田佳彦首相と枝野幸男経済産業相ら3閣僚は6日夕、原発再稼働の関係閣僚会合を首相官邸で開き、運転再開を判断する新たな安全基準を決定した。政府は関西電力に対し、大飯原発(福井県おおい町)3、4号機について、新基準を踏まえた安全対策の実施計画を示す工程表の提出を要請。週明け以降の会合で、工程表の内容を確認した上で安全性を検証、電力の需給状況も考慮し、大飯原発の再稼働を判断する見通し。
 経産省原子力安全・保安院と原子力安全委員会は3月下旬までに、大飯3、4号機の再稼働に関するストレステスト(耐性評価)の1次評価結果を「妥当」と判断している。経産相らは新基準を踏まえ、全電源喪失の防止策に加え、東京電力福島第1原発事故並みの地震・津波でも燃料損傷に至らない対策を施しているか保安院に厳しく確認するよう指示した。』(4月6日付時事通信)


【中身のない新基準】

NHKのニュースウォッチ9でもやっていましたが、政府が発表した新基準というのは再稼働するためのアリバイ作りのような内容に終始しています。すでに実施済みの安全対策を言い換えただけの代物で、さも閣僚が真剣に討議しているようなポーズを何度も会議を開くことで取ろうとしているようにしか見えません。こんなことで原発立地の地元や国民全体の理解を得られるはずはありません。おそらく理解を得るつもりはなく、再稼働を強行しようとしているのでしょう。許せない暴挙だと思います。

では、再稼働すべきでない理由とは何か?それは今までの政府の安全に向けた取り組みというのは、次の大事故を起こさないためのフクイチの事故の教訓が生かされていないからです。そのフクイチの事故の教訓は以下の通りです。

1.原子炉には、放射能漏れを防ぐ壁がない。
2.メルトダウン事故に突入するスピードはきわめて速い。
3.日本の原子力専門家には大事故を防ぐ計算能力がない。
4.小さな地震の揺れでも配管が破損する。
5.日本では地震の活動期が数十年続く、世界的にも大地震が予想される。
6.津波の威力・破壊力は人知を超える。
7.原発事故には対策は存在しない。
8.フクイチの事故は収束できる見込みがない。
9.原子力安全・保安院はメーカーOBの欠陥集団である。
10.電力会社と自治体と国政は腐敗連合を形成してきた。
11.フクイチ事故の現場からは、とてつもない量の放射能が放出された。
12.フクイチ以外の原発も危機一発のところギリギリで助かった。


上記11の教訓は広瀬隆氏がその最近著書「第二のフクシマ、日本滅亡」(朝日新聞出版、P.101~143)で明らかにしているものです。

これに加えて、もし再びフクイチのような原発事故が起こったら再びその莫大な補償を巡って電力会社と政府が責任のなすりあいを行うことも目に見えており、事故の責任の所在もあいまいのままです。政府は、「再稼働後、福島第1原発のような重大事故が仮に起きた場合の責任には「政治責任は(首相ら)4人が負う」と言っているとのことですが、今まで責任を回避してきて、抜本的な対策も打てず、それでも再稼働すれば今度は出来ますなんて誰も信用していません。

今の原子力安全・保安院に安全を語る能力も資格もありません。再稼働を急ぐ前に抜本的に改革すべきことは山ほどあります。第二のフクイチを起こして国家が破滅に陥るようなことにならないためには、夏の電力ピークの問題や電力会社の一時的な赤字など国民の納得が得られない原発の再稼働に頼らずに乗り切るべきでしょう。それが政治の本物の責任です。  



2013年04月08日

今年3月9日のNHKスペシャル「福島の今を知っていますか」で、西田敏行さんがフクイチ事故後2年経っても15万人近い人が避難生活を送っている福島の実情を涙ながらにレポートしていました。なぜか?それは西田さんが福島出身で福島をこよなく愛する人だからです。
彼は2年前、フクイチ事故を起こした東電や政府に激怒していました。

2011年4月7日の僕のブログ記事です。福島の実情は2年経った今も悪化するばかりです。


【西田の怒り】

あの西田敏行さんが怒りに震えているそうです。

『人間味あふれる演技で知られるベテラン俳優の西田敏行(63)が激怒している。

 NHKをはじめ各局のニュースで、見た方も多いだろう。今月2日、西田は故郷の福島県郡山市のスーパーで県産の野菜やイチゴ、キュウリなどを食べて安全性のアピールにひと役買った。このとき涙に目を潤ませながら、「美しい福島を汚したのは誰だ! 誰が福島をこんなにしたんだ! 本当に本当に腹が立つ。福島はどんなことがあっても負けねぇぞ!」と絶叫した。

 大震災以降、仕事の合間をぬって、政府の対応や風評被害を訴えている。

 4日には早朝からTBS系「みのもんたの朝ズバッ!」に生出演。福島第1原発事故の影響で、福島県産の牛肉について不安を煽るような不確定な発表が行われ、撤回・修正された。これには、「あきれて物が言えないですよ。風評被害というのは、一度立っちゃうと、払拭するまでものすごい時間がかかっちゃう」と怒り心頭。

 同じ日の朝日新聞朝刊では、「我慢強い人が多い福島ですけど、今度だけは、ね。東京電力や原発を進めてきた政治家たちに怒りの声を張り上げたい」と心境を寄せた。』(4月6日付夕刊フジ)


【故郷を思う心】

東北人、とりわけ福島県人の方々の我慢強さは九州人にはとても真似が出来ないものと常々感心していましたが、今回の東日本大地震の被災地での被災者の方々の表情や語り口は物静かで、耐えに耐えているという場面が多いような気がします。

天災である地震と津波についてはそれもわかる気がします。でも福島第一原発の核惨事については、天災ではありません。津波が「想定外」だったからと言い訳する東電や政府は、事故発生後次々と「想定外」の失態を繰り返し、もう今回の核惨事が「想定外」などと言い訳できないくらいの人災であることを自ら証明しています。それでも福島の原発被災者の方々は少なくともテレビの映像などで拝見する限りにおいては、苦悩の表情を浮かべながらもじっと我慢しているという印象です。西田さんは、そういう福島の方々の本音の気持ちを同郷人として代弁しておられるのだと思います。

今怒らなければ、今まで住民の命などものともせずに原発推進にまい進してきた東京電力をはじめとする電力会社、経産省などの官僚組織、今まで政権与党にあった自民党の歴代政治家たち、そして現在の民主党政権の政治家たち等は再びほとぼりが冷めれば、「原発がなければ日本経済は成り立たない」という脅しを使って、真剣に抜本的なエネルギー転換や原発の安全策を先送りして、小手先の現状維持策を続けて行くでしょう。彼らは原発しか考えられない思考停止状態にずっと陥っています。

空気や水、土壌、そしてそれらに育まれるお米や野菜などの食物、そして今度は日本人が愛してやまない魚介類などの海の幸を育む海も放射能まみれになろうとしています。

今回被災した福島の人たちだけではない、明日は九州だって、関西だって、北海道だって福島と同じ核災害の被災地になる可能性があることを肝に銘じておくべきだと思うのは僕だけでしょうか。この狭い日本全国どこにいても核汚染に関しては運命共同体なのです。

故郷をこよなく愛し、怒りの声をあげた西田さんに心から拍手を送りたいと思います。

  



2013年04月06日

2011年4月6日の僕のブログ記事を再度掲載します。事故から1カ月あまり経って出てきた気象庁による放射性物質の拡散予測。ドイツ気象庁や台湾の気象庁など世界のいくつもの機関が福島第一原発の事故後の放射能の拡散予測をすでにネット上に流していたのに、事故の当事国の日本政府だけが市民を無視して情報を出していなかった。
あのとき、ハラワタが煮えくりかえるような怒りを覚えたのを記憶しています。市民を見殺しにする政府。これはいつか来た道ではないでしょうか。
彼らが忘れているのは、放射能被害は自分たちにもいづれ降りかかってくると言うことです。今でもその傲慢ぶりは原子力ムラを形作る自民党政権も官僚も大手メディアも御用学者たちもみな変わっていないと思うのはぼくだけでしょうか?

以下はその怒りのブログ記事です。


【ようやく公開】

気象庁がようやく公開に踏み切りました。

『気象庁は5日、東京電力福島第1原発の事故を受けて、国際原子力機関(IAEA)に提供している放射性物質の拡散予測を公表した。枝野幸男官房長官の指示を受けた対応だが、より詳細な政府の予測システム「SPEEDI」の情報は、1度公開されて以降は非公表というちぐはぐな対応となっている。

※写真はドイツ気象庁の予測

 気象庁は、世界気象機関(WMO)が86年のチェルノブイリ原発事故を受けて作った枠組みに基づき、事故直後から4日までに計23回、IAEAに情報提供した。予測の基になるデータは放射性物質放出の実測値でなく、IAEAが示す仮定の条件を使っている。

 同庁は「予測は周辺国への影響を調べるためのもの。100キロ四方ごとに計算した大ざっぱなもので、国内の原子力防災に利用できるものではないと考えている」と説明する。

 気象庁は今後、予測を不定期に同庁ホームページに掲載するが、「実態を表したものではないので注意してほしい」としている。』(4月5日付毎日新聞)


【市民を愚弄する政府】

一体、こんな先進国がどこに存在するのでしょうか。先ず自らの市民、自らの国民に具体的なデータを提供して、市民を守るのが国家というものではないのでしょうか。こんなことが戦前も戦後もずっと当たり前としてまかり通ってきた結果のひとつがこの放射性物質の拡散予測の非公開措置だったのではないでしょうか。気象庁は「仮定の数値の為予測の精度が低い」からといった言い訳をしているようですが、ドイツや英国、オーストリア、フランスなどの気象当局や原子力関係機関は同様の予測を公開しており、きちんと説明して公開すればいいことだと思います。

※写真は台湾政府の公表した予測図

そもそもこれほどインターネットでの情報がどこでも得られる時代に自分たちの都合のいいように情報が隠せると信じていたこと自体、市民の感覚からすれば信じられないことです。そして不安を抱えたまま市民の被ばくは広がりました。さらに情報を公開しない政府への不信感の高まりも一役買って、放射線の危険はますます流言飛語によって市民の不安感を増幅することになったのです。

国は福島第一原発の放射能に関するあらゆる情報を市民に今すぐに公開するべきです。それはもちろん今の情報だけでなく、3月11日の地震発生以降の過去も含めたすべての情報です。その際出される文書のあちこちに黒い隠ぺいの跡や必要なデータが白紙となっているようなでたらめは許されないと思います。命の危険にさらされている市民のためは言うに及ばず、世界への放射能汚染の拡大を阻止するために、世界中の英知が必要とされているときにそれらのデータが最も重要になるのですから。
  



2013年04月05日

2年前の僕のブログ記事には飯舘村の放射能汚染に対する当時の原子力安全委員会と国際原子力機関IAEAの見解の相違について書かれています。国際的な原子力推進機関であるIAEAさえも飯舘村の放射能汚染の状況に危惧をいだいていたときに、日本政府がいかに危機感が薄かったか、当時もそして2年経った今はなおさら明らかになっています。あまりにも無責任、あまりにも市民軽視、日本という国の先行きを本当に危惧します。

折しも昨日は日銀の大胆な金融緩和方針に多くの日本人が浮かれています。どんなに浮かれても原子力の抱える問題は日本人の喉元に突き刺さったままだということを決して忘れてはいけません。

以下は2011年4月4日付の僕のブログ記事です。


【IAEAの見解】

国際原子力機関(IAEA)と日本政府(原子力安全委員会)の見解が異なり、混乱しているようです。

『福島県飯舘村で検出された高濃度の放射性物質を含む土壌を巡って、国際原子力機関(IAEA)と内閣府・原子力安全委員会の見解が分かれ、混乱が広がっている。

 IAEAは独自の土壌調査を行い、日本政府に避難勧告を検討するよう促したが、安全委は「判断基準の物差しが違う。日本の方が総合的に判断しており問題ない」と反論している。

 飯舘村は福島第一原発の北西約40キロに位置し、屋内退避を勧告された20~30キロ圏内の外側にあたる。IAEAは同村で、土壌の表面に付着している放射性ヨウ素131とセシウム137ほか、空気中の放射線量の割合を調査。放射性ヨウ素131が、土壌表面の1平方メートル当たり2000万ベクレルで、IAEAの避難基準の約2倍に相当するとしている。

 これに対し、日本は土壌を深さ約5センチまで掘り、採取した土壌1キロ・グラム当たりの放射性物質濃度を調べている。このほか、空気中の放射線量の割合、空気中のほこりや飲食物に含まれる放射性物質濃度なども測定し、人への影響を考慮している。』(4月1日付読売新聞)


【生き地獄】

IAEAの実際の発表は見ていませんが、原子力安全委員会の代屋という委員が自分たちの基準の正当性を説明している場面の映像はテレビで見ました。それを見て感じたのは、この人たちは住民の安全を本気で考えているのだろうかということです。代屋委員は「我々の方が人体の影響についてはより正確な数値である」と説明をしていましたが、人体の影響といった抽象的な話ではなく、個別具体的な飯舘村の人たちについてどこがどう安全なのかもっと血の通った言葉で話してほしいと思ったのは僕だけじゃないのではないでしょうか。

TBSのニュース映像

http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20110401-00000015-jnn-soci

この原子力委員会とIAEAの見解の相違について、飯舘村の農家のある60代女性は、J-CASTニュースの取材中3度も「生き地獄」という言葉を繰り返したそうです。飯舘村は人口が6千人あまりの福島県の山間部に位置する小さな農村です。福島第一原発からは約40キロ離れており、政府の屋内退避地区(20~30キロ)にかかるのは村の一部です。

しかし、3月24日頃に海外から伝わってきてあわてて原子力安全委員会も公表した「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)」の試算結果によれば、事故直後からしばらくは原発から北西方向に放射能の拡散地域が広がり、その中に飯舘村も入っていた時期もありましたし、その後も高い放射線量が測定されていました。

問題は、どのくらい長期にわたって放射能を浴びると人体に悪影響があるか、相当精緻に観測し、村人の健康状態もフォローし続けなければ実態はわからないということです。

【村人の実態と真摯な姿勢】

先ほどとりあげた飯舘村の農家の女性は、「農家はね、土をなめるように、はいつくばるようにして働くの。1日に10時間も12時間も外にいるの。作業も10日なんかじゃ終わらない。100日は続くの」と訴え、土壌表面の検査結果や「長期間における健康への影響」にも高い関心をもっておられたそうです。

1日10時間も12時間も屋外にいて、土をなめるようにはいつくばって農作業をする農家の人たちのことを考えれば、数値が正確であることに加えて、そこに住む住民の生活における行動特性なども考慮に入れた安全性がしっかり確保されなければならないのではないでしょうか。

そういう意味で原子力安全委員会のあまりにも簡単な見解や説明は到底納得できるものではありません。映像を見ても、とても命を賭けて住民を守る姿勢などあるとは思えないのです。国際機関との見解の相違に対して自分たちの数値の正確さに意気軒昂に自信を示すよりも、飯舘村に飛んで行って住民の方々に丁寧にその真意を説明するくらいの覚悟があって初めて「安全委員会」などという名前を使えるのではないでしょうか。
  



2013年04月04日

今日も2年前の2011年4月3日に書いた僕のブログ記事を再録します。事後3週間経ったフクイチ事故に対する自分の見方をまとめています。

以下がそのブログ記事です。

【圧力容器損傷?】

事故後3週間が経過しましたが、2号機の圧力容器の損傷など事態の重大さは変わっていないようです。

『福島第1原発について、内閣府原子力安全委員会は29日、高い放射性物質を含む汚染水が漏れ出している2号機の原子炉圧力容器が損傷している可能性が高いとの見解を示した。

 会見した代谷誠治委員はその理由について、「圧力容器内は高温なのに圧力が上がってこない。どこかが損傷している可能性がある」と説明した。

 圧力容器は厚さ16センチの鋼鉄製で、核燃料を封じ込めるための最も重要な防護壁と言える。

 しかし、2号機では表面の放射線量が1時間当たり1000ミリシーベルト以上の汚染水がタービン建屋やその外で見つかった。これまで、政府や東電は漏えい経路について、「原子炉内で破損した核燃料に触れた水が、何らかの経路で漏れた」とみている。』(3月29日付毎日新聞)


【次々と重大事態】

4月2日にはこの圧力容器が損傷していると見られる2号機の取水口付近のピットから毎時千ミリシーベルトという高濃度の放射能汚染水が海に流出していることもわかりました。

出口が見えない福島第一原発の核惨事。3月11日の地震・津波による事故発生から今まで、自分なりに刻々と変化するこの事故の重大性と緊急性について、テレビや新聞、インターネット等のメディアが報道する内容を確かめながら、自分なりの見通しをこのブログに書いてきました。事故発生日から今まで1日も欠かすことなく、毎日このブログをご覧になっている方々にこの原発事故に対する認識をお伝えしてきたのですが、今までの事故の進展具合を見る限り、自分が予想していた以上に深刻さの度合いを加えて行ったのではないかと思っています。

ここ数日の報道ではフランスやアメリカなどの国際支援体制が少しずつ整ってきたこともあり、原子炉の再臨界による爆発→大量の放射性物質の放出という最悪の事態には至っていませんが、それを避けるための作業は一進一退を繰り返しており、依然として予断を許さない状況が続いていると思います。

【次々と出てくる醜悪な事実】

この週末も自分の事故に対する事実認識を確かめようと、本屋に行っていくつかの週刊誌等を読みました。週刊文春や週刊現代などかなりセンセーショナルな記事もありますが、それなりの真実も含まれていると思います。現場に近いところで取材してきたり、各メディアが総力を挙げて調べているので、相当多くの証言や事実が記事の裏付けとなっています。これらメディアの取材力には僕が敵うわけはありませんが、ただ、自分でこの3週間考えてきた事故に対する大きな見方や予測についてはそれほど間違っていなかったし、メディアよりも先にブログで伝えることが出来たと考えています。

週刊誌等の記事の中でいくつか気になったことがありますのでご紹介しておきます。

1. 菅首相の事故後の対応について大きく評価が分かれていること。僕自身は少なくとも菅首相が事故後ほどなくして原発に赴いたことはリーダーとして評価していたのですが、あれはただのパフォーマンスで現場を混乱させただけという批判も多くありました。もしそうだとしたら、僕の菅首相の初動対応に対する考え方も180度変えざるを得ないと思います。これは後日現場で見た人たちの証言などを丹念に分析しなければならないでしょう。

2. 政府・東電の今までの原発推進のあり方、さらには今回の原発事故対応については、ほとんどのメディアが猛烈な批判をしています。東電、原子力安全保安院、原子力安全委員会、経産省、官邸等どれをとっても硬直化して適切な判断を下せなくなった官僚組織のとてつもなく醜悪な姿が日々メディアで報じられていますので、敢えて個別の事象を取り上げる必要はないと思います。

特に東電に関しては相当厳しい批判がされています。特に原発で命を賭けて闘っている現場の作業員、自衛隊、消防隊等に対するあまりの配慮のなさには驚愕します。具体的にはその方々が宿泊している「Jヴィレッジ」という施設には90室もの宿泊部屋があるにもかかわらず、それらにはカギをかけ、食堂や大講堂に雑魚寝させているというものでした。「指示がないからそうしている」という東電の姿勢には呆れてしまいます。

これから、福島第一原発の核惨事のとりあえずの収束にも年単位、最終的に放射能汚染の心配がなくなるまでには何十年というとてつもない時間がかかることが予想されます。その間にも再臨界に至らなくとも4つの原子炉、使用済核燃料プールから放射能は放出されつづけ、空気と水と土壌の汚染、そして食物連鎖を通じて生物の体内に蓄積される放射性物質の危険は継続・拡大していくことになるでしょう。これからはそれらの汚染について長期的な監視が必要になってきますし、それらの監視結果が適切に市民に公開されるかどうかについて市民が監視していく必要があります。ただ、今の段階では、もうただ少しでも被害が小さく収まることを祈るのみです。

今後はこの福島第一原発の核惨事を巡るレポートは回数を減らしていこうと考えています。人間は緊張状態を持続するのには限界があるものです。これからは元の元気が出るニュースを少しずつ増やしていきたいと思っています。

≪追記≫

今朝、図書館から借りてきた「原子力発電で本当に私たちが知りたい120の基礎知識」(広瀬隆、藤田裕幸著、東京書籍 2000年11月18日発行)を読んでいたらスリーマイル島原発事故の記述の中に興味深い個所(p.257)を見つけました。

スリーマイル島原発はニューヨーク州に近いペンシルバニア州にあったため、事故が発生した1979年3月28日以降、原子炉が爆発するのではないかという懸念でニューヨーク、首都ワシントンも大パニックに陥ったものの、「結果的には、NRC(原子力規制委員会)が原子力の専門家を集めて内部解析を進め、水素爆発を防ぐために膨大な計算を迅速に成し遂げ、危機一髪で爆発を食い止めた。日本であれば、NRCのような高度解析は不可能で、爆発したと言われている。」

この本が書かれたのは10年ほど前ですが、スリーマイル島原発事故から30年あまりたった今、福島第一原発事故ではまさにこの記述どおり、原子力安全委員会も原子力安全保安院も政府全体も東電もNRCのような高度解析など出来ず、慌てふためいて水素爆発を招いてしまったのです。米国はこの事故の後も原子力発電所の事故や核戦争に備えて着々と危機対応能力を高め、今回の日本での核惨事に対しても迅速で大規模な有事即応体制を取りました。その後のメディアに出てくる御用学者や原子力関係の指導層の見解などを聞いても一体この人たちは今まで何をしていたのだろうかと不信感ばかりが募ります。日本とアメリカ、なんという違いか。僕たちも含めて社会全体として、日本には原子力発電を管理する能力が本当にあるのでしょうか。根源的な問い直しなしには日本の未来はありません。
  



2013年04月03日

今日は再び2年前の僕のブログ記事をアップします。2011年3月31日の産経新聞の記事によると、フランス原子力大手のアレバ社のCEOが海江田経産相を訪問したことが伝えられていました。このときは、まだまだ福島第一原発の危機的な状況は続いていたので海外からのどんな支援も必要としていました。しかし、アレバの思惑はもちろん、支援によって何とかフクイチ事故が世界の原子力市場に出来るだけ悪影響を及ぼさないようにしたいと考えていたことは間違いありません。

以下は、僕の2011年4月2日の記事です。


【アレバも救援】

フランスからサルコジ大統領が来日、菅首相と会談するとの歩調を合わせてフランスの原子力大手企業「アレバ」も動きました。

『東日本大震災による東京電力福島第1原子力発電所の事故を受けて、仏原子力大手アレバのアンヌ・ロベルジョン最高経営責任者(CEO)は31日、経済産業省で海江田万里経産相と会談した。ロベルジョンCEOは「日本が必要とするなら、いくらでも専門家を派遣する」として、事態の収束に全面協力する意向を示した。

 ロベルジョンCEOは会談で、アレバが米スリーマイル島での原発事故で燃料棒取り出しにあたったことや、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故、英国での軍施設での事故にも対応した経験があることを明らかにし、「日本にアドバイスできるよう努力したい」と述べた。』(3月31日付産経新聞)


【国際支援の広がり】

フランスだけではありません。アメリカは事故当初から空母等の艦艇を中心に放射能汚染に対応できる軍隊が全面的に応援に来ています。また放射線防護服などだけでなく31日には海兵隊の放射能専門部隊約140人の派遣も決めました。国際原子力機関(IAEA)もすでに天野事務局長を先頭に放射線の専門家が大勢来日して活動するなど、国際的な支援は日を追うごとに広がっています。

4つの原子炉と使用済核燃料プールが損傷し、大量の汚染水のためそれらの冷却が思うに任せない中、事故から3週間近く経った今でもさらなる放射能汚染の拡大が心配されており、国際的支援によってこの危機を乗り切ることが最後のカードとなるでしょう。そういう意味で今はとにかく各国の動きに感謝しなければいけないと思います。

【複眼思考】

しかしながら、同時にこれらの国際支援の広がりは今後の原子力発電の方向性に深く関わっていることも忘れてはならないと思います。すなわち、原子力大国のフランスはこれ以上日本の福島第一原発事故が深刻になり、世界の原発市場が委縮することを懸念しており、アレパが全面協力するのも自国の原子力産業にとっての死活問題と捉えているからです。

また、アメリカのオバマ大統領は30日に今後のエネルギー政策について演説し、「米国は電力の5分の1を原子力エネルギーから得ている。原子力には大気中の二酸化炭素を増やすことなく電力を作る重要な能力がある」と指摘して、原発推進の姿勢を堅持する考えを表明しています。米国が早々に日本への全面協力を打ち出し、実際に「ともだち作戦」と銘打って地震・津波被害だけでなく原発事故に対しても軍人1万5千人、艦船12隻、航空機100機以上の大部隊で支援を行っている背景のひとつは自国のエネルギー政策への影響の最少化という意味もあるのです。さらには、これほどの大部隊を即座に展開できたというのは、米国が今回の福島第一原発のような原発災害あるいは核戦争による核汚染を想定した有事即応体制を整えていたからだということでもあります。

こういう動きを見ていると、まさに原子力発電というのはたんなる電力供給の問題ではなく、国家のエネルギー戦略そのもの、軍事戦略と密接に結びついていることをまざまざと見せつけられる思いです。日本国内ではガリバー的な東京電力でも、こんなとてつもない原子力という「怪物」を扱うにはあまりにも稚拙だったと言わざるを得ないでしょう。日本政府も同じです。

もうひとつ想像力を働かせて気をつけて見ておくべきことがあります。それは今後事故の鎮静化とともに、国際的な動きと相まって、今は息をひそめているものの、原発見直しの動きを阻止しようとする原子力産業界とそれを擁護する政府官僚組織の執拗な反撃が強まってくるだろうということです。(これから出てくるニュースを注意しておいてください)
住民や市民の命を守り、適切なエネルギーも確保していくための中長期的な方向性をどこに定めたらいいのか、どの人間が人間として信用できるのか、よくよく見定めていく必要があると思います。市民の命などものともしない人間の醜悪な姿が紳士然とした背広の背後に潜んでいるのを見抜いていかないといけません。

例えば31日に、青森県六ケ所の再処理施設を運営する日本原燃(株)の川井吉彦氏(東電出身)が、まだ福島第一原発事故がどうなるかわからないという今の時点で早々に「原発は今後も資源の乏しい日本には必要だ。これからも原発は推進していかなければならない。」と記者会見したそうです。こういう人たちの言動を個人個人がよく観察しておかなければなりません。ちなみに日本原燃の会長は病気療養中の東電の清水社長だそうです。

  



2013年04月02日

1年前の3月31日に内閣府の有識者検討会が発表した東南海地震の規模推計は驚愕すべきものでしたが、今年3月にその追加の検討結果が発表され、それによれば被害想定は最大で死者32万3千人、倒壊家屋238万6千棟という身の毛もよだつ推定結果でした。原発被害はなぜか想定に含まれていませんが、原発震災が同時に起こるのは間違いなく「日本壊滅」は免れないと思います。以下は昨年4月1日の僕のブログ記事です。

【最大34メートル】

なんと、最大で34メールの津波の恐れがあるということです。

『内閣府の有識者検討会は31日、西日本の太平洋沖にある海底の溝「南海トラフ」で巨大地震が発生した場合の震度分布と津波高に関する推計結果を公表した。東日本大震災と同等のマグニチュード(M)9.0規模の地震が発生した場合、10県153市町村で震度7を記録すると予想。また、高知県黒潮町の34.4メートルを最大に、6都県23市町村で満潮時に20メートル以上の津波が起こると推計するなど、関東から四国、九州地方にかけての極めて広い範囲が大きな揺れと津波に見舞われる恐れがあるとしている。
 原子力発電所関連では、静岡県御前崎市の浜岡原発付近で、最大21.0メートルの津波が発生すると推計した。
 南海トラフの巨大地震は、近い将来発生する可能性が高いと指摘されており、政府の中央防災会議は2003年、M8.6だった宝永地震(1707年)をモデルに震度や津波を予想した。しかし、東日本大震災で想定を超える災害が発生した反省を踏まえ、検討会が昨年8月から見直し作業を進めていた。』(4月1日付時事通信) 


【これでも原発を動かすのか?】

内閣府の有識者検討会といえば、まさに政府からお墨付きを得ている検討会ですから、原発を推進している経済産業省と同じ「政府」そのものです。そこが南海トラフ地震の可能性について昨年の東日本大震災の結果を踏まえて再検討したのが今回の予測です。これは一体何を意味するのか?

対象となった地域の防災対策の見直しを早急にすることが必要なのは言うまでもありません。その中でも特に、対象となった地域の中にある浜岡原発と伊方原発は即刻廃炉にすべきでしょう。もう防潮堤を作るといった対応では原発の安全性が保てないのは明らかです。したがって、現在十数メートルの防潮堤を突貫工事で作っている中部電力は即刻工事を中断して地元の市町村と静岡県知事と再度協議して、浜岡原発の廃炉に向けた動きを始めるべきです。
四国電力は、これほどの大津波と巨大地震に伊方原発は耐えられないことを素直に認めて伊方原発の廃炉に向けて地元と話し合うべきです。
これらは一刻の猶予も許されないと思います。南海トラフ地震はいつ来てもおかしくないと言われているわけですから、原発の廃炉だけでなく、廃炉後の使用済み核燃料の厳重保管に早急に取り組むべきでしょう。津波や地震によってフクイチの4号機のように使用済み燃料プールが崩壊寸前になれば稼働原発よりも悲惨な状況になるからです。

今回の予測のように超巨大な地震や津波のリスクがとてつもなく大きい日本では、原発の立地というのはあり得ないということが改めて日本人ひとりひとりに突きつけられたということです。これは、ある意味日本人にとって生き残るための最後のチャンスかもしれません。
  



2013年04月01日

「フクシマ・アーカイブ」21日目。一年前の4月1日の報道で、東京電力の株価が連日ストップ安を繰り返し、とうとう上場来の安値である393円に近付いたと伝えていました。その時点で東電の株式時価総額は2011年3月10日の約3兆5千億円から7千4百億円に暴落しました。
2年後の今、東電の実質国有化が現実のものとなり、株価はアベノミクスで株式市場全体が浮かれている中、217円ほどと1年前とあまり変わりません。破たんはしていないので株券は紙くずにはなっていませんが、原発事故というものが電力会社にとっていかにリスクが高いかが企業価値を計る株価でも明確にわかります。

電力は今日々の暮らしに欠かせません。でも考えてみればたかが電力です。電力のために、一度事故を起こしたら悪魔のように暴れまわる放射性物質を鎮めるのは至難の技で、企業の存立まで脅かすようなとてつもないリスクになぜ電力会社という一私企業が向き合わなければならないのでしょうか。

東電は言うに及ばず他の電力会社の経営陣も今一度しっかりと考え抜く必要があると思います。目の前の赤字に目がくらんで、本気で原発の安全対策を施すこともしないならば、国民も市場もそんな電力会社の傲慢にもリスクにもはっきりと「NO」を突き付けるときがくるでしょう。


以下は、2011年4月1日の僕のブログ記事です。このとき僕が思った東電や電力会社の経営陣に対する認識は今でも間違っていないと思います。原子力をなめきった東電や原子力ムラの人間たちはたとえ社会からの責任追及は逃れられても、将来人類の歴史を振り返ったとき、人類の歴史上最も大きな汚点として刻み込まれることは間違いありません。(もしも原子力によって人類が滅んでいなければですが・・・・)

【連日ストップ安】

東電が市場でも奈落の底に落ちています。

『東日本巨大地震で原発事故を起こした東京電力に対する市場の評価が厳しさを増している。

 株価は連日ストップ安を繰り返し、社債の利回りも上昇(価格は下落)している。被災者への損害賠償額の規模が不透明で、東電の経営の先行きが見通せないことが原因だ。

 ◇ストップ安

 30日の東京株式市場で、東京電力株(東証1部)は値幅制限の下限となる前日比100円安の466円まで売られ、3日連続のストップ安で取引を終えた。株価の500円割れは1962年12月28日(499円)以来、約48年ぶり。東日本巨大地震の前日の10日には終値で2153円あった株価は、わずか約3週間で旧商法時代の額面価格である500円も下回って下落し、1951年に付けた上場来安値(393円)に近づいている。

 この結果、東電の株式時価総額は、10日時点の3兆4599億円から、30日は7488億円まで縮小。企業価値が8割近く失われた計算だ。』(3月30日付読売新聞)


【原発の怖さ】

今回の福島第一原発の事故は、「想定外」の地震と津波が直接の引き金だったとはいえ、原発周辺に住む方々はもちろん、近隣県、首都圏、さらには日本全国、世界まで放射能の恐怖をまき散らし続けています。それだけではありません。当然のことではありますが、電力会社の存在そのものを脅かし続けています。東電は今企業価値はなくなり、存続そのものが風前の灯です。

電力は今日々の暮らしに欠かせません。でも考えてみればたかが電力です。電力のために、一度事故を起こしたら悪魔のように暴れまわる放射性物質を鎮めるのは至難の技で、企業の存立まで脅かすようなとてつもないリスクになぜ電力会社という一私企業が向き合わなければならないのでしょうか。

東電は言うに及ばず他の電力会社の経営陣も今一度しっかりと考え抜く必要があると思います。ただ、国策だからと推進してきた原子力発電を経営のリスクという観点から見直し、国と真剣にリスクの取り方について議論すべきでしょう。

これほどの大災害が原発で起こった以上、今後政府や電力会社がいくら声高に「地球温暖化のために」「クリーンなエネルギー」として原発を増やしましょうと叫んでも、このとてつもないリスクを担保するには莫大な保険・再保険が必要となって、経済原理からますます外れ、事実上市場から原発そのものが締め出される可能性が高まっています。当然の帰結でしょう。現代資本主義社会では経済原理が社会の最も基本的な行動原理なのですから。アメリカで原発建設がなかなか進まない最大の原因は、この市場原理にあります。日本では東電が今回その最初のケースになったと思います。
  




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