2013年07月14日

【本番前の最終練習】

「追い山」を明日に控えた最後の練習-それが「流れ舁き」です。明日と言っても15日の午前4時59分が一番山のスタートですから、もうすぐです。僕は子供の頃に東流れの後についていってただけなので舁き手としての盛り上がりを実体験したわけではありませんが、でも相当血液中のアドレナリンがたぎっているだろうなあとは想像できます。明日、本番だ。よ~し。

【なんで4時59分?】

その「追い山」のスタート時間がなぜ4時59分という半端な時間なのかご存知ですか?それは一番に走る一番山笠だけ櫛田神社の清道内で「博多祝い唄」を歌うことが許されているからなのです。

各山笠は5分ごとに出発する約束があり、午前5時に舁き出すと、一番山笠だけ「唄」の分、短くなるので舁き出しを1分早めてあわてることがないように配慮してあるということです(博多祇園山笠振興会のパンフレットより)。
櫛田神社の桟敷席はあっという間に売り切れるので、櫛田神社の桟敷席で一番山の雄姿を見るのはあきらめています。また、櫛田神社の前で櫛田入りする山を見ようと思って朝一番に行っても、多分観光客が溢れてて見れないでしょう。東長寺の清道か東町筋の聖福寺前に陣取るのがいいと思います。

【「博多祝い唄」って?】

ところでその一番山笠が清道をくるりと回り、途中でストップして歌うのが「博多祝い唄」です。博多っ子なら知らんかったらもぐりと言われます。披露宴や宴会などのおめでたい席ではもちろん色々な集まりの最後に締めとして皆で歌いますが、これを歌うと「ああ、博多におれてよかった!」と胸にジーンと来るのです。元唄は、伊勢音頭と言われ、お伊勢参りに出かけた人たちが、そこで歌われる唄を覚えて、故郷に持ち帰ったそうです。

  祝いめでたの若松さま~よ、若松さま~よ、
  枝も栄ゆりゃ 葉も繁る(しゅげる)
  ※エーイーショウエー エーイーショウエー
  ショーエ ショーエ (ア)ションガネ
  アレワイサソ エーサーソー エー ションガネ※

  (※はやし言葉繰り返し)
  

というのがその歌詞です。博多に来られて少し滞在し、宴会の席に呼ばれるときっと一度は聞くことになると思います。明日の追い山の一番山笠でも歌いますのでよく確かめてみてください。
  



2013年07月13日

【「集団山見せ」ってなに?】

山笠は商人の町博多のお祭りです。

なに?新幹線で降りたらJR博多駅。でも都市名は福岡市。一体どうなっているの?

そう、明治時代に福岡にするか博多にするか迷ったそうですが、最終的に政令指定都市としての公の都市名は福岡市となりました。というのは、昔は、那珂川を挟んで、東が商人の町博多、西側が武士の町、黒田52万石の城下町、福岡だったのです。

その福岡と博多の違いを踏まえて「集団山見せ」とは何かご紹介します。

「集団山見せ」とは、昭和37年に福岡市が「より多くの人たちに山笠の楽しさを」と要請して始まった行事で、博多の祭りの山笠を福岡の人達にも見せる為、たった1度、山笠が那珂川を越えて福岡に入ることを言います。

【博多と福岡の違い】

僕は博多の生まれなので、博多っ子であることに誇りを持っています。生まれは自分では選択できないので、たまたま自分は博多っ子になった、ただそれだけなのですが、特に山笠の時期になるとなんとなく博多の血が騒ぐのです。

僕の通った高校は長谷川法世さんの漫画「博多っ子純情」のモデルになっている学校ですが、そこは商人の子供が多く呉服町の呉服商の息子や博多人形師の息子などがいました。そして山笠の時期になると、学校も心得ていて山笠に出るといえば何と学校を休むこともできたのです!

そういうわけで博多は商人の魂が生きている、それは庶民の町でもあります。さらに言えば反骨精神、官に物申す心意気、自由で奔放な気風など庶民のイメージぴったりです。それに比べて福岡は武士の町でもあり、何か型にはまった、時にはいばったような、「お上」のイメージが付きまといます。

【集団山見せ再考】

「集団山見せ」も行事としてはいいことだとは思いますが、どうもよく考えると「お上」である福岡の市役所に博多の商人が年に一度ご挨拶にお伺いするような、博多っ子からすると「なしてお上に挨拶せないかんとや」とも言いたくなります。

まあ、いいか。そこはおおらかに「お上」の要請に応えて挨拶にいっちゃろうというところですか。寛大でしょ、博多っ子は。
  



2013年07月12日

【追い山に向けた足慣らし】

本日、7月12日にはいよいよ15日の追い山に向けた本番さながらの足慣らしである「追い山ならし」があります。
「追い山ならし」は12日の午後3時59分に、一番山の「櫛田入り」で始まります。今年の一番山は恵比寿流です。昼間ではありますが、走る距離が1キロ短い以外は「追い山笠」と同じ条件ですので、祭り気分はグーンと盛り上がります。

【テンション高まる舁き手たち】

僕は実際には山笠を舁いた(担いだ)ことはありませんが、経験のある友人に尋ねるとこの追い山ならしのころから舁き手たちのテンションは15日の追い山に向けてどんどん高まっていくようです。もちろんこの期間も含めて山笠期間中は女性からも遠ざかってひたすら自分たちの流れの山が無事に、最も勇壮に走れるように猛々しいエネルギーのすべてを山笠ひとつに注いでいくのです。

【早朝の追い山が見れない人は「追い山ならし」見学がオススメ】

その舁き手たちの勇壮な姿を見る観客の方ですが、実際の追い山は15日の早朝4時59分がスタートなので朝が弱いけれど追い山の雰囲気を味わいたいという方はこの「追い山ならし」が狙い目です。

ただし、はやり本当の迫力を味わうためには本番の15日に行くしかありません。今年は15日は日曜日ですので、県外からの観光客も含め大勢の方々が早朝から追い山見学に集まってくるでしょう。週日とは違って追い山が終わってから会社に戻る必要もありません。追い山を体験する絶好の機会です。でも15日に行けない方には「追い山ならし」があります。みんな一度見に行きませんか?(今年も15日の追い山ではなく、追い山ならしに外国人留学生を連れて行く予定にしています)

  



2013年07月10日

今日から一週間は僕のブログは山笠一色になります。山笠以外の話題は一週間お休みをいただきますのでご了承ください。そして「じゃ見るまいか」とおっしゃらずに博多山笠をよく知る週間と考えてお付き合いください。

【博多の夏-博多祇園山笠】

いよいよ夏本番! 博多の男たちの血をたぎらせる博多祇園山笠のカウントダウンが近づいてきました。7月に入ってからの山笠の日程はというと、1日の飾り山公開に始まって、15日の追い山で幕を閉じます。

7月1日(月)  飾り山一般公開(14日夜まで) 夕方 お汐井取り(当番町)

※「雨の中の追い山見学―2010年博多祇園山笠」


7月9日(火)  夕方 お汐井取り(全流)

7月10日(水)  夕方 流舁き・流区域内

7月11日(木)  早朝 朝山・流区域内 午後 他流舁き・流区域外

7月12日(金)  追い山ならし(追い山リハーサル) 15時59分 舁きだし

7月13日(土)  集団山見せ 15時30分 (呉服町→明治通り→市役所)

7月14日(日)  夕方 流舁き・流区域内

7月15日(月・祝)  追い山笠 4時59分 舁きだし

※「凛々しい祭りー追い山」(2006年の追い山ツアー記録)


一年間、男たちが待ちに待った山笠の興奮がこの15日間の行事を通して徐々に高まってくるのです。

【7月9日のお汐井とり-神事での始まり】

博多祇園山笠は760年近く続く博多の神事です。その中でも神事らしい神事のひとつとしてこの「お汐井とり」があります。お汐井とは、海岸の砂のことで、博多湾に面した筥崎宮というお宮の海岸の真砂をお汐井てぼ(竹かご)に納めて各戸の玄関口に置き、「災いを除き、福を招く」お祓いとして身を清めるために使われるものです。

博多祇園山笠では、山笠を舁く前に身を清めるために各町内の流(「ながれ」という。各町内の山笠のこと。東流れ、大黒流れなど)がそれぞれの山小屋から約10kmの距離を流毎に一番から順にお汐井とりに筥崎宮前の海岸にやってくるのです。僕も小学生のころはおじいさんに連れられてお汐井とりに行っていたことを覚えています。


【お汐井とり後の5日間】

お汐井とり後は、流舁き、追い山ならし、集団山見せと段階を踏んでクライマックスの追い山に達します。その最初の日は10日。今年初めて「舁き山」が動く流舁きです。夕方の16時~18時にかけて、7流すべてが流ごとに、それぞれの流の区域内を舁き回ります。いよいよ男たちの血が騒ぎ始めますよ。

それから忘れてはならない行事がもうひとつあります。それは追善山です。「追善山」とは前年の山笠後に亡くなった方で町総代や取締を務め、流に貢献した人を追悼する山笠の行事です。男衆が故人への敬意を込めて遺族の方々に追悼するもので、博多ならでわの行事であり厳粛なものを感じます。


このような神聖なお祭りである博多祇園山笠。今年も勇壮な追い山がひとりの事故もなく行われることをお祈りします。



≪山笠のサイト紹介≫

博多山笠のサイトを検索するといろいろな趣向を凝らしたサイトが出てきます。いくつか「これいいなあ」と思えるものを紹介しますので山笠理解の一助にしてください。

~役に立つ山笠紹介サイト~

「博多祇園山笠」~中洲観光協会、中洲町連合会、博多祗園山笠振興会のサイトです。

「山笠の達人になろう」~CLUB九州 2009山笠プロジェクトのページです。結構凝っていてオススメのサイトです。
  



2013年07月03日

【新潟知事激怒】

東電の柏崎刈羽原発再稼働申請に新潟県知事が激怒しています。

『東京電力<9501.T>は2日、柏崎刈羽原発6、7号機の再稼働を原子力規制委員会・原子力規制庁に早期に申請する意向を表明した。これに対し地元新潟県の泉田裕彦知事は「立地地域との信頼関係を構築する意思がないものと受け取らざるを得ない」などとコメントし、強い不快感を示した。

東電は、規制委が定めた新規制基準が今月8日施行された後に、安全審査の申請を速やかに行いたいとしている。広瀬直己社長は記者会見で「地元に説明した上で、速やかに申請したいというのが私たちの考え」と述べた。再稼働の申請方針はこの日の取締役会で決定した。

新潟県など地元への説明時期については未定だという。ただ、今回の方針発表により、従来から東電への厳しい姿勢を示してきた泉田知事が態度を一段と硬化させる可能性が強く、再稼働の行方は予断を許さない状況だ。

広瀬社長は今回の決定について「地元軽視では」との質問に対して「地元を軽視するつもりは全くない」と弁明。泉田知事ら地元関係者を説得できなかった場合の対応について同社長は「最初から、できなかったらこうしますというのは私のスタイルではない」と述べた。

同社の再建案である「総合特別事業計画」では柏崎刈羽原発を2013年4月から順次再稼働する方向を打ち出してるが、再稼働が進まない場合について広瀬社長は、「原子力が全く動かなければいまの電気料金では無理」と述べ、料金再値上げも避けられないとの認識を示した。

<地元反発、再稼働は予断許さず>

新潟県の泉田知事は、柏崎刈羽の再稼働の是非について「福島第1原発事故の検証・総括が必要」との考えを繰り返し指摘しており、東電から再稼働申請の動きがあった場合は「信頼関係を破壊する」(6月12日の記者会見)と、強い口調で警告していた。また、規制委が策定した新規制基準についても「福島事故の検証・総括なくしてなぜ安全基準が作れるのか」と否定的な見解を示してきた。

新規制基準によると、柏崎刈羽原発など「沸騰水型軽水炉」では、緊急時に原子炉格納容器の圧力を下げるために蒸気を外に放出する際に放射性物質を取り除く「フィルター付きベント設備」の設置が再稼働時点で必要となる。

広瀬社長は会見で、「(フィルターベントは)設計が固まり準備ができた」と説明。一方、泉田知事は、同設備の設置は、東電が新潟県や柏崎市など立地自治体と結んでいる安全協定上、「事前了解が必要な設備」との認識を示している。同社長は、同設備の設置について、「地元としっかり話し合いをさせていただきたい」と話した。』(7月2日付ロイター)

【安倍政権に非あり】

3/11以降、福島第一原発の核惨事を起こした当事者たちは誰一人責任を取っていないこと、そしてフクイチ事故の原因究明は中途半端なままうわべだけの安全基準で原発の再稼働が時の政権と政府官僚組織によって公然と進められようとしていること、こんな理不尽な動きに異を唱えなければ間違いなく次の原発事故は起こります。その原発事故は最初に再稼働したところからリスクが高くなっていくでしょう。新潟知事が激怒するのも無理はありません。

無責任な東電と無責任な安倍自民党政権、無責任な経産省をはじめとする中央官僚組織と原子力ムラを今のまま黙認していたら、間違いなく原発の立地自治体、周辺自治体は真っ先に原発事故の災禍を受けることになるでしょう。

僕は特に安倍自民党政権の無責任ぶりに本当に怒りがこみ上げてきます。原発立地の地元がこれだけ怒っている、東電は賠償負担や廃炉負担のためににっちもさっちも行かなくなっている現状を黙殺して、「原発は再稼働」を連呼しているだけ。こんな無責任な政治が次の事故を招来するのは間違いありません。そして事故が起こったとき、真っ先に逃げ出すのは安倍総理でしょう。安倍総理は、事故原発に突撃隊を突っ込ませることは出来ても自らは逃げ出すと僕は見ています。そうでなければ、安倍自民党政権が先送りしようとしている放射性廃棄物の最終処分や福島第一原発の原因究明、15万人にのぼる被災者の本気の救済、原子力の将来の位置づけなどについて真っ先に手をつけて国民にその意思を明らかにすべきです。先ずは東電に責任を丸投げするのではなく、現有原発の国有化などによる電力会社の経営破たんの回避といった方策を検討すべきです。選挙目当ての問題先送りはもう許されません。
  




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海や山、自然が好きな九州男児です。あらゆる機会をとらえて、時代の変化をいつも感じていたいと思っています。
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