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2011年12月02日

【ついに廃炉明記】

福島県は長年原発推進の国策に協力してきた末に廃炉という決断にいたりました。

『福島県の佐藤雄平知事は30日、東日本大震災や東京電力福島第1原発事故からの再生に向け策定中の県復興計画に、東電や国に県内原発10基全ての廃炉を求めることを明記すると発表した。県は年内に計画を策定する方針だ。
 同県は8月に決定した復興ビジョンで、「原子力に依存しない社会」を目指す方針を提示。ビジョンを具体化する復興計画では、こうした考え方をどのように盛り込むのか、これまで部長級会議で検討していた。
 同日記者会見した佐藤知事は、「県民を守り、若者、子供たちが安心して暮らせる福島県を復興するために、復興計画に廃炉をしっかりと明記することにした」と表明。その上で「原発に代わる新たな雇用の創出に全力で取り組む」と語った。県議会も県内全ての原発の廃炉を求める請願を10月に採択している。』(11月30日付時事通信) 


【前知事の苦闘も空しく】

福島県の方々は今、福島第一原発の信じられないような核惨事によって愛おしい山々や木々や湖沼や、海が放射能によって穢され、原発近くに住んでおられた方々の中には家も土地も家族も奪われ、愛する故郷に帰ることさえできなくなっています。3/11の前には誰も想像さえしなかった世界です。

単なる自然災害とは違い、この核災害は目に見えない放射能の被害によってこの先何十年も故郷は元の姿に戻ることは困難となり、地域によっては何世代にもわたって生き物が生きていくうえで不可欠な自然の恵みに影響を与え続けていくことになるのです。

事故が起こるずいぶん以前から福島県の前知事である佐藤栄佐久氏は、手を変え品を変えて福島県をだまし続けていた国や東電に全面対決を挑み続けていたのですが、その努力も空しく今回の福島第一原発の核惨事を防ぐことはかないませんでした。恐れていた以上のことが現実となってしまったのです。

もう穢された大地は、たとえ膨大なコストを払って除染をしたとしても3/11以前の姿に完全に戻ることはありません。それを知った上での佐藤知事による県内原発すべての廃炉を求める決断。当然だと思います。そして、僕たち日本に住む市民はこの福島県の苦渋の決断をしっかりと受け止め、なんとか福島県やその周辺の放射能汚染に苦しむ方々の苦悩を少しでも和らげるように協力していくことが求められています。なぜなら、福島の核惨事を起こした責任はすべての日本国民にあるのであり、このまま原子力を維持しつづければ次なる核惨事はいづれ福島以外の原発立地地域で起こるであろうからです。

小さな声でもいい、ひとりひとりが原子力ムラの狂気の沙汰に「ノー」と言い続ける勇気を持つことが求められていると思います。  



2011年12月01日

【ついに現場離脱】

あの吉田所長がついに現場を離脱することになりました。残念です。

『東京電力は28日、福島第1原発の吉田昌郎(まさお)所長(56)が入院治療のため12月1日付で所長職を退き、本店内の原子力・立地本部に異動する人事を発表した。東電は、吉田所長の病気と被ばくとの因果関係はないとしている。

 東電によると、吉田所長は検診の結果、今月中旬に病気が見つかり、15日から第1原発勤務を外れた。21日、西沢俊夫社長に退任を申し出て、24日に入院した。後任には、原子力運営管理部の高橋毅(たけし)部長(54)が就く。

 高橋部長は82年、東京大大学院(船舶機械専攻)を卒業、同年東電に入社。福島第1原発ユニット所長(1~4号機)などを歴任し、昨年6月から現職。

 吉田所長の病名や累積被ばく線量について東電はプライバシーを理由に明らかにしていないが、松本純一原子力・立地本部長代理は28日の会見で「最終確定はしていないが、担当医からは(被ばくと病気との)因果関係はないと聞いている」と述べた。事故収束への影響について「退任は作業現場にはショックが大きいが、年内に冷温停止を目指すというスケジュールに影響はない」と強調した。

 また東電は同日、「第1原子力発電所の皆さんへ」と題した吉田所長のメッセージを公表した。この中で吉田所長は「一緒に仕事してきた皆さんとこのような形で別れることは断腸の思い。ご迷惑をおかけすることになり、心よりおわびする」などとつづっている。

 吉田氏は79年に東電に入社。一貫して原子力分野の要職を歴任し、昨年6月から福島第1原発所長(執行役員)。震災発生直後から、現場で事故処理の陣頭指揮に当たった。』(11月28日付毎日新聞)


【一度は本部から危うく処分も】

吉田所長と言えば、福島第一原発の核惨事が勃発した後何度も死を覚悟しながらも陣頭指揮を執り続けたことで知られています。また、事故直後の3月12日には東電の無能の本部経営陣の指示も無視して一号機に海水の注水を続けたことが結果として日本の破局を救ったというのに、5月に入ってその判断を本部から咎められ危うく処分されそうになったことでも知られています。

経産省をはじめとする原子力政策を遮二無二に推進してきた原子力ムラの過ちをある日突然一身に背負い、日本国全体が存亡の危機に立つほどの原発事故をとにもかくにも首の皮一枚のところで引き留めることに成功した吉田所長。本当に僕たち国民は、あのとき無責任と無能をさらけだした東電幹部や政府、御用学者たちの体たらくを見せつけられると同時に、吉田所長を頂点とする現場の人たちの勇気と死を賭けた姿勢にただ、ただ感謝し、祈ったことを昨日のことのように思い出します。吉田所長、本当にありがとうございました。ゆっくりと休んで体調が回復されることを切に望みます。

事故から8カ月経った今、もしも万が一東電の幹部や政府をはじめとする原子力ムラの人間たちが、その吉田所長が表舞台から去ることになったことをいいことに、現場の人たちの放射能汚染の実態を隠ぺいするようなことをして、それがあとで市民の前に明らかになったとしたら、利権にまみれた原子力ムラは一瞬で崩壊することになるでしょう。

もちろん僕たち市民は、これほどの核惨事が起こった以上、原子力ムラがどうなろうとさらなる隠ぺいなど許してはいけません。これからもしっかりと原子力ムラの動向を監視していく必要があります。なぜなら、危険にさらされているのは福島の人たちだけではなく、日本国民全員なのですから。  




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海や山、自然が好きな九州男児です。あらゆる機会をとらえて、時代の変化をいつも感じていたいと思っています。
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