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2012年02月23日

【議事録公開】

米国側からあの福島第一原発の核惨事が日々進行していた最初の10日間の議事録が公開されました。

『米原子力規制委員会(NRC)は21日、昨年3月の福島第1原発事故の発生から5日後の時点で1~3号機原子炉のメルトダウン(炉心溶融)を懸念していたやりとりなどが含まれた議事録を公開した。

 議事録によると、NRCは事故発生翌日の昨年3月12日、原子炉内部で部分的な炉心の損傷が起きている可能性を想定。ヤツコNRC委員長は同月16日、「最悪の場合、三つの原子炉がメルトダウンを起こしている可能性がある」と発言した。

 また、4号機の使用済み核燃料プールから冷却水が蒸発して放射性物質が漏れる事態を危惧。NRCのボーチャード事務局長が「同じ事態が米国で発生すれば、原発から半径50マイル(約80キロ)以内に避難勧告を出すのが妥当と思われる」と進言していた。

 議事録は事故発生から10日間のNRC内部の会議や電話でのやり取りなどを記録した内部文書で、約3000ページ。米メディアなどが情報公開法に基づいて公開を請求していた。』(2月22日付毎日新聞)


【最悪を想定する米国の危機管理】

当たり前といえば当たり前のことなのですが、福島第一原発が事故を起こした時アメリカ政府は当初から最悪を想定しながら、日本政府にアドバイスをしていました。警告を発していた米原子力規制委員会は3千人近い専門家を擁し、スリーマイル原発事故のときには、総力を結集してメルトダウンを直前で阻止したプロの集団です。だからこそアメリカは4号機の危険性についても早くから指摘していたし、メルトダウンの可能性についても事故発生時から言及していたし、住民の避難範囲についても50マイル(80キロ)避難するように促していたのです。僕も当時、それらひとつひとつの米側の動きをメディアの報道から断片的に知っていました。アメリカの原子力政策というのは、普通のサラリーマン官僚が細々と「安全だ、安全だ」と虚言を吐いていた日本政府の原子力安全・保安院などとは危機管理への構え方が全く違います。

最悪の事態を冷徹に想定しながら動いていた米国とは正反対にただ右往左往して、事態を悪化させ、同胞である住民の方々が放射能にまみれるのを放置していたのが東京電力であり、日本政府であり、原子力ムラと呼ばれる人たちだったことは今更言うまでもありません。

【起こりつつあった最悪の事態】

この記事にあるヤツコNRC委員長が「最悪の場合、三つの原子炉がメルトダウンを起こしている可能性がある」と発言していた2011年3月16日、僕はブログに次のように書き残していました。

『朝起きて、新聞の紙面を見て本当に身の毛のよだつような思いです。福島第一原発は常駐の運転員が放射能濃度が高まって制御室から退避し、原発の現状把握が困難な状況だそうです。恐れていた最悪の最悪というか、複数の原発が制御不能でメルトダウンを次々と起こしていく可能性が高まっています。チェルノブイリ以上の惨禍になる可能性があると思います。これからの事態の推移は、出来る限りの情報を集めて、ひとりひとりがしっかりと想像力を働かせて次にどうすべきかを自ら判断していく必要があると思います。
日本全国が原発被災地になり、地球全体が汚染される可能性が高まっているのかもしれません。本当に大変なことです。地球汚染の責任は日本が背負い、世界は日本礼賛から日本非難へと向かうかもしれません。』(2011年3月16日の僕のブログ記事)


このとき僕が感じた恐怖は、そのまま現実のものとなりました。福島第一原発は日本政府が2か月も認めなかったメルトダウンを次々と起こし、空に土壌に海にとてつもない放射性物質をばらまき、今もその処理に何の目途もたっていません。国家を破滅させかけた、いや、すでに日本国は破滅の道をたどっているのかもしれませんが、原発を何の安全の保証もなくまたも再稼働させようとしているのが無能な東京電力、原子力安全・保安院、原子力安全委員会、そして原子力の利権に群がる原子力ムラの人間たちなのです。決して許されることではないし、放置すれば間違いなく次の大事故は日本で起こり、国家は壊滅することは必定でしょう。それでもあなたは原発の再稼働を、そして原発の延命を認めますか?  




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