2008年01月07日

【元旦のNHK番組】 (長い記事ですので、地球温暖化に興味のある方はどうぞご一読ください)

カーボンリスクをチャンスに!毎年、お正月にNHKは激動する現代社会の問題を鋭く抉る骨太のドキュメンタリーを放送する。今回はBS1で元旦に「地球特派員スペシャル カーボンチャンス ~温暖化が世界経済を変える~ 」と題して寺島実郎氏(日本総合研究所会長)が司会をして、地球温暖化で大きくなる企業のカーボンリスクをいかにカーボンチャンスに変えるかという視点で世界経済の今後の潮流について徹底討論する番組が放送された。

番組の中では、地球特派員として江川紹子(ジャーナリスト)ドイツ伊藤洋一(エコノミスト)ドイツ・アメリカ江上剛(作家)中国を取材し、その結果をもとに金子勝(慶応大学教授)、榊原英資(早稲田大学教授)二人がゲストとして議論に加わっていた。

地球温暖化は昨年12月のバリ会議で世界全体としての取り組みの方向性が示されて、ようやく世界中の報道機関が真剣にこの問題を取り上げ始めたこともあって、世界の関心が高まりつつある。そんな中でのNHKの今回の番組は時宜を得たものといえよう。

【深刻な地球温暖化の現状と各国の対応】

NHKが地球温暖化の現状を知る上で取り上げた国はドイツ、中国、アメリカだ。

ドイツは脱カーボンで世界を先導する先進的な試みを行っている国であり、地球温暖化に関してはメルケル首相のもと最も積極的に取り組んでいる。当然、国家の強力なリーダーシップのもと、風力発電や太陽光発電などのカーボンリスクの少ない自然エネルギーの積極開発・導入などの分野で企業も活発なビジネスを展開しており、まさにカーボンリスクを企業としてもチャンスに変えているといった現状がよく取材されていた。また、畜牛の糞尿を燃料にして自家発電システムを村全体で実施し、電力会社に売電までしているドイツの小さな村の取り組みなどは農民や市民の脱カーボン意識の高さを示していた。

次に出てきたのはアメリカに次ぐカーボン排出国に「成長」し、自国だけでなく世界の心配の種となってきた中国だ。その中国ではCDM(Clean Development Mechanism)と呼ばれるCO2削減のための手法がビジネスとして急膨張している様が取材されていた。それは京都議定書の削減目標が達成困難な先進国が途上国に資金や技術支援をすることで途上国のCO2削減事業を実施し、それによって削減されたCO2の排出枠を先進国が獲得するという仕組みだ。この仕組みをうまく活用し、先進国相手に巨額の利益を挙げている中国の女性経営者が出ていて鼻息が荒かった。

こういったビジネスに取材した江上氏や他のパネリストの中には胡散臭さを感じる向きもあったが、地球温暖化の危機的な現状を考えればモラルだけではCO2削減は出来ず、榊原氏が言うように市場メカニズムも必要だろう。(江上氏は中国のその女性経営者にとってのCDMとは、チャイナ・ドリーム・メカニズムではないかと揶揄していて面白かった)

そして最後は地球温暖化の数値目標設定に最後まで抵抗する巨大CO2排出国アメリカ。そのアメリカは、昨年ブッシュ大統領が世界中からのブーイングや自国の先進的な州や企業の突き上げを受けて、ようやく地球温暖化防止に向けた軌道修正のそぶりを見せている。しかし、その本音は巨大な自国経済の胃袋を満たす必要から、なりふりかまわぬ資源確保に動き始めているというのが実態だろう。

番組ではその一環として30年近く新規着工を止めていた原子力発電所の新規建設に踏み切ったことが取り上げられていた。新規着工を促すため連邦政府は電力会社に債務保証を提供することを約束し、その法案審議が議会で行われているが、裏を返せば電力に投資する投資家達は政府の債務保証なしでは原発は安全な投資先とは見ていないということだ。まだまだ原発には安全という巨大なリスクを抱えているのだ。

原発以外でもブッシュ政権は昨年、世界に波乱を巻き起こすいくつかの政策を実行した。そのひとつはバイオエタノールへの傾斜だ。高騰する石油の代替燃料としてトウモロコシなどの穀物を原料とするバイオエタノールの大幅増産を決めたのだ。そのため、穀物相場が急騰、米国のトウモロコシや大豆農家が一斉に相場の高いバイオエタノール用の穀物の栽培に傾斜し、日本の商社が各地で買い負けする状況になっているのだ。思わぬところで日本の食糧安保が脅かされる事態となっている。

このエタノール燃料については、地球環境研究所のレスター・ブラウン博士が見事にその文明的な危険性を指摘している。

「エタノール燃料がもたらしたもの、それは今まで明確に区別されていた食べるための穀物と燃料のための穀物の間にあった境界線を消してしまったことです」

"The line that used to separate food grain from the grain being used for energy is being erased."

「すなわち、今は自動車を所有する8億人の人たちと20億人の最も貧しい人たちの間で直接穀物をめぐる奪い合いが起こる段階に来ているのです。」

"The stage is now set for direct competition for grain between 800 million people who own automobiles and the world's 2 billion poorest peopole."

【必要な意識改革】

これら対照的な三カ国の現状を見ていると、なぜこれほどの違いが各国に出来たのかという素朴な疑問が浮かんでくる。

中国とアメリカ・ドイツという対比においては、エネルギーをこれからもっと必要とする発展途上国とすでに莫大なエネルギーを消費し富を蓄積してきた先進国との違いがある。CDMは先進国の過去の蓄積を少しでも途上国に還元するためにも有効なメカニズムだろう。

では、アメリカとドイツの間に開いてしまった溝は何か。アメリカと欧州と言い換えてもいい。それは環境に対する国民の危機意識の違いではないか。

今から22年前の1986年4月に欧州が経験したチェルノブイリ原発事故。それは未曾有の放射能汚染とともに、欧州の人々の意識に環境と人間について深い反省を植えつけた。この事故を境にドイツでは脱原発を唱える緑の党などの市民政党が力をつけ、そうした潮流が今もメルケル政権にも脈々と引き継がれているのだ。確かに主要なエネルギー源として原発大国フランスだけでなく欧州各国で原発を見直す動きもあるが、それはあくまでも各国の国民の環境保全に対する深い市民意識を裏切らないような方向性を持った中で進められているのではないかと推測できる。そこでは、環境を重視する市民社会に支えられて強力な政治のリーダーシップが地球温暖化対応についても発揮されているのだ。

それに対して、アメリカは30年以上前のスリーマイル島原発事故以来、大きな環境破壊につながるような事故も経験せず、ひたすら自国経済の成長を確保するため石油をがぶ飲みするような経済・社会構造を作り上げてきた。すべては市場メカニズムが優先され、未だに大量生産・大量消費のパラダイムが続いていると言っていい。もちろん、アメリカは自由度の高い市民社会であり、グーグルのような先進的な企業も数多く存在しているので、それらの市民や企業による新しい試み、環境保護の動きがブッシュ政権や市場主義と拮抗している部分も多くある。また、アメリカにはもうひとつ救われる面がある。それは地球温暖化防止を長いこと訴えて昨年ノーベル平和賞を受賞したアル・ゴア氏の存在だ。彼がいることでアメリカはかろうじて体面を保っているのだ。ゴア氏が元政治家だというのもアメリカの懐の深さを示している。

こういう市民や社会の意識・仕組みの違いがアメリカと欧州の地球温暖化への取り組みの違いの背後にはあるのだろう。

翻って、ニッポン。残念ながら日本は後者のアメリカにあらゆる面において追随しているため、その高度な技術力や「もったいない」といった節約を大切にする潜在的な文化基盤を温暖化防止に向けた対応に生かしきれずにいる。地球温暖化防止について、日本の存在感はきわめて低いというのが実態だろう。

アメリカと違って日本が救われないのは、地球温暖化防止を先頭に立って訴えるアル・ゴア氏のような顔の見える元政治家や企業のリーダーがいないことだ。申し訳ないが、福田首相にしても安部前首相にしても、民主党の小沢代表にしてもちっとも地球温暖化を真剣に考えるようには見えないのは僕だけだろうか。企業も同じだ。世界的に認知度が高いのはトヨタのプリウスやアニメの主人公であって、環境でリーダーシップを発揮する企業のリーダーの顔は見えない。

人々は過剰包装に慣れ、食べ残しの食事は大量のゴミとなって平然と廃棄されている。企業の骨身を削っての温暖化防止努力とは裏腹に市民の危機感は薄く、政治家は温暖化防止よりもコップの中の政争に明け暮れている。官僚組織は相変わらず自分たちの保身ばかりにエネルギーを費やしている。

一体なぜこうなっているのか。それは、僕たち日本人も大多数があのチェルノブイリ原発事故を対岸の火事としか見ずに、自分たちの問題として真剣に考えてこなかったことにその一因があるように僕は思っている。文明のパラダイムを変換するほどの大災害という認識に欠けていたのだ。そして意識を変革するチャンスを逸したのだ。政治家も官僚も企業も市民もそういう意味では同じレベルなのだ。

地球温暖化問題はチェルノブイリ原発事故とは比較にならないくらい破滅的な未来をもたらす可能性がある。いまからでも遅くはない。世界がようやく温暖化防止に向けて動き始めている今、世界の少し先を示す力のある日本人である僕たち市民が目覚めて動き出す責務があるのではないだろうか。

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