2012年09月18日

【地方紙の力】

9月14日に政府が発表した革新的エネルギー・環境戦略についての西日本新聞の東京支社報道部長・三村龍一氏の論評は自分の意見にも近く、納得できるものだったのでここで引用します。みなさんも是非読んでみてください。西日本新聞は原子力について時折いい意見を出しています。

【後戻りせぬ国会決議を】~2012年9月15日付西日本新聞朝刊2面右上に掲載している記事を引用~

後戻りせぬ国会決議を-西日本新聞の意見『「原子力発電は安全か」と問えば、国民の大半は「ノー」と答える。「経済的か」と聞けば、企業の多くは「イエス」だろう。安全性と経済性。判断基準が全く異なるから、両者の意見はどこまでも平行線だ。
そこで問いたい。「原発は存在するべきか」。これは倫理的な判断だ。安価な電力供給のための必要悪ではなく、温室効果ガスを減らすための次善の策でもない。積極的な存在理由が原発にあるだろうか。私は「ノー」だと思う。
福島第一原発の事故から1年半。福島県では今も6万人以上が県外で避難生活を送る...
。帰還困難区域には最低5年戻れない。放射能汚染による健康被害の不安は一生つきまとうだろう。全ては、首都圏に電力を送るために造った原発で事故が起きたせいだ。原発が国民の生命と財産を危険にさらすことは今や明白だ。
原発をこれからどうするのか。政府の方針がようやく決まった。まずは原発ゼロを明記したことを評価したい。しかし、その実現時期は曖昧で、既存の原発再稼働も容認している。脱原発を望む世論と、経済界への配慮の板挟みになり、どっちにもいい顔をしようと「政治的」計算が働いた結果だ。次期衆院選を控え、民衆党代表選が行われているさなかにバタバタとまとめたことでも、それはうかがえる。
日本より1年2カ月も早く、ドイツ政府は原発ゼロを決断した。達成期限も2022年と限定している。何よりの違いは、政府から諮問を受けた原子力の専門家委員会が「ドイツの原発は比較的安全」と答申したにもかかわらず、哲学者や宗教家による倫理委員会の提言を優先したことだ。この委員会は「福島の事故で原発事故のリスクは大きすぎると分かった」として、一国も早い原発廃止を求めた。
ドイツのメルケル首相に政治的打算がなかったとは言わない。それでも、その決断は正しかったといえる。ドイツ国民の多くは支持したのだから。対照的に、野田政権の中途半端な決定は、脱原発も推進派も容認しないだろう。
さらに問題なのは、衆院選で政権の枠組みが変わったとき、最終的な「原発ゼロ」でさえうやむやになることだ。ここからは絶対、後戻りしてはいけない。そのために、国会で「全原発の廃止」を決議してもらいたい。そして、心ある政治家に、その達成期限と過程、原発立地自治体への対応を明文化した法案を提出してほしい。
09年、国会は、唯一の被爆国である日本は「核兵器の廃絶の先頭に立って行動する責務がある」として、政府に核兵器廃絶の取り組み強化を求める決議をした。重大な放射能災害を経験した国として、「原発廃絶」でも先頭に立つことを望む。』(9月15日付西日本新聞)

【国会で脱原発法を制定せよ】

まったく同感です。そして法案は「脱原発法」として現在の「原子力基本法」の廃止もうたうべきです。

また、その法案には今回の福島第一原発事故の責任者、そして今後も原発事故や原子力に関する情報隠ぺいを行う者への処罰、原子力に関する徹底的な情報公開も盛り込むべきです。

また、国会事故調が出した報告書の忠実な履行についても法律化すべきだと付け加えたい。原子力ムラはほっとけばまたゾンビのように子どもたちの命を奪いに這いあがってくるのは間違いありません。

それを止めることが出来るのは市民だけであり、国会は市民のために動くべきです。


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「哲学者や宗教家による倫理委員会の提言を優先」とありますが、これは全く日本に欠けている姿勢です。日本人には、お互いの意見をよく聴き、きちんと議論して結論を出すという、人間の厚みというか深さみたいなものが欠けていると感じます。(勿論私もそうなんですが)・・・その自信の無さが無責任さに繋がっているのでは?
これはluckymentaiさんのブログを拝見して気づいたことでもあります。有難うございます。

Posted by komorebigarden at 2012年09月18日 08:56

日本語には、時制がない。だから、日本語は、現実を表すための言語である。
日本語は、実況放送・現状報告のための言語であるといえる。

理想は、非現実の内容である。
現実を表す言語を使って非現実の内容を示すことは難しい。
現実構文の中の非現実の内容は、すなわち真っ赤なウソになる。
つまり、話にうつつ (現・現実) を抜かしたことになるのである。
だから、日本人は、非現実を述べることもなければ、考えることもしない。
すなわち、無哲学・能天気の状態になっているのである。

日本語を使って非現実を伝えようとすると、悪意はなくとも、すくなくとも絵空事にはなる。これは、漫画の世界である。
理想にはならずして、空想になる。だから、日本人は、なかなか真面目な態度にはなれない。
理想は常に想定外になる。
我が国の高等教育機関は曲学阿世の製造所となっている。

金は手段か、目的か。
理想が目的にならないならば、金はその手段にはなりえない。金は海外に逃げてゆく。
我が国においては、金は限りなく究極の目的に近い。
これは、人生の間違いである。政治の間違いにもなっている。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/

Posted by noga at 2012年09月18日 15:28

komorebigardenさん、どうもありがとうございます。でも僕自身は哲学や思想とは縁遠いです。ただ、自ら考え、自ら動き、自ら伝えるということをこれからも実践していきたいと思います。
自ら動いて、思想を作っているという意味では、鎌仲ひとみ監督には熱いものを感じます。先日、最新映画「内部被ばくを生きる」を見て、「原発の その先へ ミツバチ革命が始まる」を読んでそう思いました。

Posted by luckymentailuckymentai at 2012年09月19日 10:04

nogaさん、コメントありがとうございます。仰る通り、日本はあまりにも金がすべてになりすぎている。市民、国民がそのことにもっと真剣に向き合わないとkomorebigardenさんのコメントにもありますが、原子力の是非も哲学や思想にまで落ちていかず浅薄な経済面に限られた議論になってしまいます。それが昨日の経団連のバカげた主張であり、政府の閣議決定をしないという限りない後退の始まりです。破滅していく人たちは自分たちの立ち位置に気づかないものです。命を授かる母親たちのほうがよっぽど哲学があり思想があると思います。

Posted by luckymentailuckymentai at 2012年09月19日 10:10

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