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2011年08月10日

【66回目の原爆の日】

今回の原爆の日の思いは今までとは少し違うものでした。

『長崎は9日、66回目の原爆の日を迎えた。爆心地に近い長崎市松山町の平和公園では、市主催の「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が営まれ、被爆者や遺族、菅直人首相ら約6000人が参列し、犠牲者の冥福を祈った。田上富久市長は平和宣言で、福島第1原発事故に危機感を示した上で、「原子力に代わる再生可能エネルギーの開発を進めることが必要だ」と訴えた。
 式典には、原爆を投下した米国からズムワルト首席公使が初めて出席し、参加国は過去最多の44カ国となった。福島県からは、瀬戸孝則福島市長やいわき市の中学校生徒会役員43人が招待された。
 式典は午前10時35分に始まり、この1年間に死亡が確認された原爆死没者3288人分の名簿3冊を奉安。長崎原爆の死没者は15万5546人となった。原爆が投下された午前11時2分には、全員が黙とうをささげた。
 平和宣言で田上市長は「『ノーモア・ヒバクシャ』を訴えてきた被爆国の私たちが、どうして再び放射線の恐怖におびえることになってしまったのか」と原発事故に危惧を表明。より安全なエネルギーを基盤とする社会に転換するよう呼び掛けた。』(8月9日付時事通信)

【被爆地からの問いかけ】

今回の原爆記念日は今までとは大きく違うものとなりました。もちろんその理由は3月11日の福島第一原発での核惨事が世界で最初で最大の被爆地広島・長崎の人々に大きな衝撃を与えたからです。

原爆によって家族や知人や友人を失い、原爆をこの世からなくしたいと真摯に思っていた方々の多くが、なんとかこの原爆をもたらした原子力エネルギーを平和のために使えないかと考え、原子力発電を希望の灯と長年の間信じてきたのに、再び絶望の淵に追いやられました。なぜか?それは、平和利用の雄と信じていた原子力発電が政府や電力会社の絶対安全の宣伝をあざ笑うように新たな被爆地をフクシマに作り出したからです。そして、これからフクシマやその周辺の方々が自分達広島・長崎と同じ苦しみを味わうことになると思うと居ても立ってもいられなくなるからです。

広島でも長崎でも市長がフクシマの原発の核惨事への危惧を表明し、直接的に「脱原発」という言葉は使わなかったものの、より安全なエネルギーを基盤とする社会に転換するよう呼び掛かけた意味は重大です。フクシマの核惨事を起こしても何の反省もなく再び平然と原発を推進しようとしている経産省の役人、電力会社の経営者、御用学者、原発メーカー、原発利権に関わる大勢の政治家達は、このヒバクチの叫びを貴方たちへの断罪の叫びだと受け止めるべきです。

フクシマは最悪の原発事故ではなく、このまま54基の原発を動かし続ければ地震国ニッポンでは必ず再びフクシマ以上の原発事故が発生し、日本全土が全滅することもありうることを僕ら一人一人が肝に銘じておくべきでしょう。それでも原発ムラの人たちは自分たちの利権のために原発を動かし続けるのでしょうか?  




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海や山、自然が好きな九州男児です。あらゆる機会をとらえて、時代の変化をいつも感じていたいと思っています。
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