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2012年01月27日

【菅氏の訴え】

野田首相は多忙のためダボスには出席していませんが、前首相の菅氏は彼の地で脱原発を訴えています。

『世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)に出席するためスイスを訪れている菅直人前首相は26日、記者団に対し、原子力発電所の安全性などに関する国際ルールを作る必要があるとの考えを示した。首相はこの後、東日本大震災がテーマの講演で提唱。自ら主張する「脱原発依存」について、国際的な機運を高めていく狙いもあるとみられる。
 前首相は記者団に、核兵器に関しては国際原子力機関(IAEA)など国際的な監視の枠組みがある一方、原発については「核兵器への転用を除けば各国に任されている」と指摘。原発の安全性や人的ミス、テロ対策、核燃料の最終処分地などに関し、「国際的な議論が必要だ」と語った。
 原発に関する国際ルール作りについて、前首相は「そうした(原発事故という)経験をした前首相としての私の考えだ」と述べ、日本政府の見解ではなく個人的な主張だと説明した。』(1月26日付時事通信) 


【首相経験のある市民活動家】

菅氏が昨年の3月11日、あの未曾有の東日本大震災の最中に起きた福島第一原発の核惨事という日本国の存亡にかかわるほどの修羅場にあって、一部対応のまずさなど批判はあるものの、何とか関東の壊滅という事態に至るのを回避したのは紛れもない事実です。原発の利権にまみれた他の政治家だったらあの危機は回避できなかったでしょう。

菅氏が首相の座を去った後、野田総理は菅氏の打ち出した「脱原発」路線についてはまるで何事もなかったのように無言になり、福島第一原発の事故調査も終わらないうちに原発輸出は再開、原発の廃炉については40年と期限を決めても60年まで可能との例外規定を設けるなど3/11前と実質変わらないような対策を講じようとするなど、国家が崩壊するほどの核汚染の恐れがあったことなどよその国の出来事のような態度に終始しています。

3/11とその後に起こったあのおぞましい福島の核惨事の中、原子力の専門家と言われていた東電経営陣、原子力安全委員会や原子力安全・保安院が無能ぶりをさらけだしていたときに、とにもかくにも重圧に耐えて陣頭指揮を執った菅氏の経験はこれから長い間つきあっていかなければならない原発の廃炉や放射能汚染の処理、政府や東電の原子力安全に関する組織づくりなどに生かしていくべき貴重な国家の財産だと思います。

是非、菅氏には世界最悪の原発事故を経験した首相経験者として、さらにはかつての市民運動家としてのバイタリティで原子力ムラの強固な包囲網をものともせずに、脱原発に向けた新しい日本の再生に向けて頑張ってもらいたいと思います。

≪参考≫

・「菅首相と原発―週刊朝日インタビュー」・・・2011年8月11日付の僕のブログ記事
  




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